第四章 ~『クラリスの脱出劇』~
クラリスが監禁されてから数日が経過した。救助が来る気配はなく、ハラルドも外出したまま姿を見せない。
「私はこのまま外に出られないのでしょうか」
椅子に腰掛けながら、部屋を見渡す。扉に鍵は掛けられており、窓も天井近くにあるため手が届くことはない。
脱出することはできないが、死ぬことはない。衣食住は提供されているし、お風呂とお手洗いまで完備されている。
「焦っても問題は解決しませんし、心を落ち着かせるとしましょう。孤独は慣れっこですから。負けたりしません」
幼少時代から一人で暮らしてきたクラリスは孤独に慣れていた。目を閉じて、心を空っぽにする。
「あれ……おかしいですね……」
以前のクラリスなら頭に浮かんだのは、果てのない暗闇だった。だが彼女の脳裏には光り輝くアルトとの思い出が広がっていた。
柔和な笑みを浮かべる彼を思い出し、会いたいとの焦燥が胸を焼く。寂しさは募り、目尻から涙が零れた。
「私も弱くなってしまいましたね……いえ、違いますね。これは成長です」
孤独を耐え忍ぶことができなくなった。しかしそれは弱さではない。我慢しているだけでは現状を変えられないからだ。
アルトに会いたいと恋焦がれるからこそ、頑張ろうと意欲が湧いてくる。クラリスは立ち上がり、部屋の中で使えるモノがないかと探す。
「この木箱はなんでしょうか……」
部屋の隅に置かれた箱に近づく。そのあまりの不自然さに罠だと疑っていたが、監禁されている状況で罠を仕掛ける意味もない。
木箱の上には手紙が置かれていた。封蠟を外して、中身を確認する。
『サプライズプレゼントだ。喜べ、そして俺を愛するのだ!』
ハラルドらしいと、クスリと笑みが零れる。ゆっくりと木箱の蓋を外す。中には檻に閉じ込められたシルバータイガーの子供の姿があった。
愛玩用として調教されているのか、クラリスの顔を見ると、媚びるような声をあげる。その姿が過去の自分と重なってしまう。
「いますぐ出してあげますからね」
シルバータイガーを檻から出して抱き上げる。銀色の体毛はモフモフと柔らかい。本来あるはずの鋭い爪は、愛玩動物として育てられる過程で切られていた。
「うふふ、可愛いですね♪」
クリッとした瞳に、猫のような撫で声。成長すれば恐ろしい魔物になるとは想像できないほど、愛くるしい外見だった。
「魔物でもきっとお腹は空きますよね。ご飯にしましょうか」
砕いたクッキーをシルバータイガーの口元まで運ぶと、舌を出して、ペロリと飲み込む。甘い物が好物なのか、嬉しさを示すようにスリスリと身体を寄せる。その姿が愛らしくて、菓子を食べさせる手が止まらなかった。
「いけませんね。これでは時間がいくらあっても足りません」
クラリスはシルバータイガーを下ろすと、脱出するために動き始める。
実質的に出入り可能なのは扉だけ。何とか開けることができないかと、押してみるがビクともしない。
「私の体重では壊せそうにありませんね」
次に目に入ったのは丸椅子だ。重さで震える手で、何とか持ち上げる。
「えいっ」
投げつけてみるが、部屋の扉はビクともしない。見た目よりも遥かに頑丈な扉だった。
「椅子の重さでも無理ですか」
打開策はないものかと、肩を落とした時、ガリガリと音が鳴る。シルバータイガーが扉を壊そうと引っ掻いていたのだ。
だが爪は切られているため、鋭さがない。傷痕を残すので精一杯だった。
「爪さえあれば、壊せるのでしょうが……」
ないものねだりをしても仕方がないと諦めようとした時、閃きが頭を過った。
「回復魔法を使えば治せるかもしれませんね」
無くした腕さえ復元できるのだ。爪を元に戻せないはずがない。クラリスが回復魔法を発動させると、爪が鋭さを取り戻す。
「お願いします」
クラリスの頼みが届いたのか、シルバータイガーは頑丈な扉を切り裂き、外への出入り口を開く。数日振りの自由に、口元に笑みが浮かんだ。
「これで逃げられます。ありがとうございますね」
クラリスが微笑むと、それに応えるように猫撫で声を返してくれる。解放されても、シルバータイガーは彼女の傍から離れようとしなかった。
「私の傍にいてくれるのですか?」
「にゃ~~」
「ふふふ、ではあなたと私は友人です。名前は――シルバータイガーですし、ギン様で如何ですか?」
「にゃぉ~~♪」
「気に入ってもらえたようですね」
会話をすることはできなくてもコミュニケーションはできる。クラリスとギンは逃げ出すため、山荘から飛び出すのだった。
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