第三章 ~『狂気の笑み』~


 ゼノとの出会いから数か月が経過した頃、肌寒い季節になった。雪が降るほどではないが、厚着の外套を羽織っている者が多い。クラリスとアルトもまた毛皮のコートに身を包んでいた。


「肌寒さは冬が近づいている証拠ですね」

「寒いなら手でも繋ぐか?」

「ふふふ、それは良き考えです」


 絡めた指から互いの体温が伝わる。心まで温かくなり、幸せを実感できた。


「寒くても街は活気づいていますね」

「魔物バブルはまだ継続中だからな。それに聖堂教会が活躍しているおかげでもある」

「ゼノ様の慈善活動ですよね?」

「スラムの貧困層に衣食住の提供だけでなく、就労支援もしているそうだ。その者たちが働き手となり、経済を回す。そのサイクルが街の活気を生んでいるのだ」


 労働人口が増えれば、領地は税収で潤う。聖堂教会の存在はアルト領にとっても大きなプラスになっていた。


「売り切れていた人気商品を入荷しました!」

「ふふふ、客引きの声も活気に満ちていますね♪」

「聖女様グッズ、ただいま限定販売です!」

「え?」


 聞き捨てならない台詞にクラリスは足を止める。声が聞こえた店まで近づくと、そこには信じたくない光景が広がっていた。


「これは聖女様。よくぞいらっしゃいました」

「ゼノ様、こちらの店は……」

「聖女様グッズの専門店です」

「わ、私の……グッズ……」


 理解できないと、頭の中が真っ白になる。


 店頭に飾られているのは、クラリスの顔を模した『聖女様クッキー』だ。傍には羊毛で作られた『聖女様人形』まで置かれている。恥ずかしさに白い肌が耳まで紅く染まる。


「あ、あの、私なんかのグッズを買う人がいるのですか?」

「いますとも。ほら、公爵様も買われています」

「アルト様!」

「そりゃ、クラリスのグッズだぞ。買うだろ」

「~~~~っ」


 どちらかといえば引っ込み思案なクラリスである。自分のグッズが売られている現状に、恥じらいを感じてしまう。


「あ、あの、グッズ販売を考え直していただけませんか?」

「これでは数が少ない。もっと大量生産しろということですね!?」

「え、あの、ちが……」

「さずがは聖女様、お優しい! 恥じらいを我慢してでも、慈善事業へと協力していただけるとは」

「じ、慈善事業ですか?」

「我々、聖堂教会は貧困層に衣食住の提供を行っています。その資金源の一つが、聖女様グッズなのです」

「私のグッズが人を救うと?」

「それはもう。最近発売した『聖女様をイメージした香水』は大ベストセラーでしたし、私も愛用しています。この香水のおかげでいつでも聖女様を傍に感じることができるのです。ああ、聖女様の慈悲に感謝をっ」

「~~~~っ」


 香水の販売を止めさせたいが、その利益が慈善事業に使われているため、強く出ることができない。恥ずかしさは頂点に達し、目尻には涙まで浮かんでいた。


「折角の機会です。聖女様のご威光を、あの子たちにも感じてもらいましょう」

「あの子たち?」

「みんな、出てきなさい」


 ゼノが呼びかけると、店の奥から子供たちが顔を出す。みすぼらしい格好をしているが、顔色は優れている。食事をきちんと取れている証拠だった。


「こちらの聖女様が、恥を忍んでグッズ販売を認めてくれたおかげで、みんなの住む孤児院を建てることができたのです。お礼を言いましょう」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 子供たちが笑顔を向けてくれる。それだけでクラリスの恥じらいは吹き飛んだ。


「ゼノ様のおかげで、アルト領には幸せが満ちていますね」

「私の力ではありません。資金はすべて聖女様の力添えがあってこそですから」

「それでも。私はあなたを尊敬しています」


 クラリスの尊敬をゼノは背筋を伸ばして受け入れる。満足げに彼は微笑んだ。


「アルト公爵領の布教活動は目途がつきました。あとは部下に任せ、次はフーリエ領へと向かいます」

「どうしてフーリエ領に?」

「あそこは貧富の差が激しいのです。領主のフーリエ公が酷い男で、貧民を見殺しにしているとのこと。我が聖堂教会が救いの手を差し伸べなければなりません」


 フーリエ公は貴族を絵に描いたような傲慢な男だ。もしトラブルでも起きたらと、ゼノのことが心配になる。


「必ず無事で帰ってきてくださいね」

「心配は無用です。悪徳領主の相手には慣れていますから」

「しかし……」

「フーリエ公が失脚し、聖女様たちが治めてくれれば……いえ、今のは余計な発言でしたね。忘れてください」


 ゼノは微笑みを口元に刻む。その笑みに狂気が混じっていることを、クラリスたちは気づくことができなかった。

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