第一章 ~『公爵の誇れる街』~

 アルト領の中で最も栄えているのが商業都市リアである。目抜き通りは活気に溢れ、客引きの商人たちの声が痛いほどに耳に届く。


「素晴らしい街だろ? 私の自慢なのだ」


 愛おしげにアルトは茫洋とした眼を向ける。領主は領民の幸せを望むもの。顔のせいで心が歪んでしまっていたが、それでも領主として育った気位だけは忘れてはいなかった。


「ねぇ、今の人見た!?」

「見た見た。酷いよねぇ」


 すれ違った女性たちが、ヒソヒソと声を漏らす。誰のことを指しているかまでは触れていないが、おおよその推測が付いた。


「悪いことをしたな……」

「いえ、悪いのは私の方です。私の服装がボロボロなせいで、アルト様に恥をかかせてしまいました」

「いいや、あれは私の顔を笑ったのだ」

「いやいや、私ですよ」

「いいや、私の顔に違いない」


 互いが自分に責があるとして譲らない。それが何だか可笑しくて笑みが零れる。


「ではお互い様ということで、歩調を合わせて並んで歩きましょう。これなら恥ずかしい者同士、お似合いになれます」

「やはりクラリスは優しい子だな……貴族の令嬢とは到底思えない」

「そ、それは……」

「勘違いするなよ。私は褒めたのだ。高慢な貴族の令嬢より、君のような性格の方が好ましい」

「慰めて頂き、ありがとうございます。ですが、やはり私は貴族の令嬢に相応しくありません。だからこそ両親からも嫌われていたのですから……」


 眉根を落として俯くクラリスは、今にでも泣き出しそうであった。暗い過去があったのだと察する。


「なら私と同じだな」

「え?」

「私も王族として恥ずかしい顔だと両親から罵倒されたものだ」

「アルト様……」

「重い表情をするな。そんなことより目的地に到着したぞ」

「ここは?」

「商業都市リアの中でも最大規模を誇るエリス商会だ」


 両隣の店と比較して、エリス商会の規模は倍以上だ。王国の守り神である龍が描かれた暖簾の向こう側には、活気よく働く人たちがいた。


「これは、これは公爵様。店までいらっしゃるとは珍しいですね」


 薄目の妙齢の女性が出迎えてくれる。従業員たちの彼女を気にするような素振りから女主人だと察する。


「クラリスに街を見せてやりたくてな」

「もしかして新しい婚約者の方ですか?」

「ああ」

「堂々と口にされますね。いつもの公爵様なら『どうせすぐ逃げる』と悲観的でしたのに」

「クラリスは特別だからな」

「へぇ~特別でございますかぁ」


 薄目の女主人はニヤニヤと笑みを張り付けながら、クラリスを品定めするように観察する。そこで何かを察したように、ポンと手を叩く。


「クラリス様に似合う服を用意すればよろしいのですね?」

「さすがはエリスだ。話が早い」

「丁度、帝国から上質な絹布のドレスを仕入れたところだったのです。金貨五百枚ほどになりますが、よろしいですか?」

「問題ない」

「では――」


 エリスが部下の従業員に命じて、ドレスを用意させようとする。そこに声をかけたのはクラリスだった。


「ま、待ってください。金貨五百枚のドレスなんて受け取れません」

「気にしなくてよいと伝えただろ」

「で、ですが、金貨五百枚ですよ。家族を一年養える金額のドレスなんて、私には勿体ないです!」

「私には趣味がないからな。どうせ使わない金だ。クラリスに喜んでもらえる贅沢なら惜しくはないさ」


 アルトの同意により、女性従業員たちがクラリスを囲うように集まってくる。ジロジロと視線を向ける彼女らの瞳は輝いていた。


「素晴らしい。クラリス様は磨けば光る原石ですよ!」

「きめ細かい肌をしているわね。薄っすらと化粧をするだけでも見違えるに違いないわ!」

「我々、エリス商会の総力を挙げて、領内一の美女へと仕上げてみせましょう!」


 気合の入った従業員たちに、店の奥へと連れていかれる。その様子を微笑ましげに、アルトはジッと見つめていた。


「善き娘ですね」

「エリスもそう思うか?」

「公爵様に対して忌避感を一切感じていません。あれほど内面の美しい娘はそういませんよ」

「だろうな。なにせ私が良くしてやりたいと思えた初めての女性だからな」


 今までも婚約者候補は何人もいた。だが表面上でどれだけ取り繕っても、心の底ではアルトに対して嫌悪を抱いていた。


 だがクラリスだけは違う。進んで隣に並んでくれるような心根の優しい娘だ。


「アルト公爵領は魔物が出没する危険な地域です。ですが、魔物の素材が安く手に入り、商人としては魅力的な場所でもあります。世継ぎが生まれてくれれば、領民としては一安心できます」

「世継ぎか……悪いがそれは難しいな。なにせ私はただのスポンサーでしかないからな」


 クラリスとハラルド王子の恋を応援すると決めたのだ。美女の隣に立つのは美男こそが相応しい。彼はグッと自分の感情を押し殺す。


「頼みたいことがある」

「私にですか?」

「エリス個人ではなく、商会に対してだ。報酬も弾む。商会の伝手を使って、クラリスの調査を頼みたい」

「……まさか浮気の疑いでもあるんですか?」

「あるわけないだろ……私はクラリスを幸せにしたい。そのための障害を取り除きたいのだ」


 両親との関係が良好でないことや、王子から婚約破棄を言い渡されたことは知っている。だがその過程で何があったのかを知ることで、問題解決の糸口を探るつもりだった。


「そういうことでしたら任せてください。それと……念願のクラリス様がいらっしゃったようですよ」


 店の奥からドレスアップされたクラリスが姿を現す。淡い桜色のワンピースドレスと、金髪を纏めるための髪飾りが気品を放っている。


 また薄っすらと施された化粧により、透明感のある白磁の肌が強調されていた。貴族の令嬢に相応しい佇まいである。


「どうでしょうか、アルト様?」

「驚くほどに似合っているよ。これなら兄上も惚れ直すこと間違いなしだ」


 王宮の舞踏会でもこれほどの美女はお目にかかったことがない。王子も評価を覆すはずだ。


「では例の件は頼んだぞ」

「任されました。お二人はデートを楽しんできてください」


 エリスに押し出されるように商会を後にする。従業員たちは「またお越しください」と頭を下げるのだった。

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