第37話 楽しむためのネタバレ

 魔石ランプのだいだい色の光が、ぼんやりと揺れる。

 積まれた本の黒い影が、他の本の山に、部屋の壁に、黒く伸びている。

 その中で、テーブルに両ひじをつき、組んだ手にあごを乗せ、だいだい色の光に顔を照らされて、その人は言った。


「むっふー……さすがは異世界人、目のつけどころのセンスはなかなかのものであると、認めてやらないこともないですぞ。

 このワガハイのキャラクターの、深淵にて暗黒なるキャラ設定に注目するその審美眼に免じて、お願いごとを聞いてやってもよいのですぞ」


 大臣。


 ここはTRPGの本などを置いている部屋。

 僕はキャンペーン第三話のシナリオの打ち合わせのため、大臣にとある相談を持ちかけた。

 その話し合いを夜中に、それも小さなランプの灯りひとつでやっているのは、大臣の希望である。雰囲気が出るから。


 大臣はフッと笑って、指先で髪をかき上げる仕草をして、言った。


「それで、異世界人。今回の相談は、ワガハイのキャラクターの持つ闇の力について、シナリオで掘り下げたいと。

 そういうことでよかったのですぞ?」


「はい。設定をすり合わせて、次のセッションに活かしたいなと」


 そう。僕は第三話において、大臣のキャラクターの設定を拾う。


 ゲームマスターとプレイヤーが協調して物語を作るTRPGにおいて、プレイヤーが決めた設定をゲームマスターが拾い、物語の中に織り込むことはままあることだ。

 とりわけ複数話に渡って物語を展開し、その間基本的にずっと同じキャラクターを使用するキャンペーンであれば、シナリオを作り込む中で拾っていきやすい。

 大臣のキャラクターの設定は、拾いがいのある、おいしい設定だ。


 二人、相談する。

 そしてその中で、提案する。


「……もし、よければ。

 ひとつちょっと、シナリオの展開に案があるんですけど」


 大臣は見定める目を向けてきた。

 ランプはテーブルの上。下からの光源で、顔にかかる影は悪役みたいだ。

 そんな顔立ちに僕自身もなっているんだろうなと思いながら、僕は告げた。


「この案を採用すると、第三話は大臣のキャラクターに大きなスポットが当たります。

 その代わり、大臣には他のみなさんとは違う役割を与えられて、今回は今まで通りの遊び方ができなくなってしまいます。

 ……どうしますか? やってみたいですか?」


 また、お行儀の悪い提案をしていると、僕自身が自覚している。

 きっと性格が悪いんだろうな、僕は。

 こうやって、大臣がにやりと笑うところまで、予想済みだったのだから。


 話し合う。

 魔石ランプの光が、僕らの体から、黒い影を押し出している。




   ◆




 そして、セッションの日。

 いつもの応接室に集まった、いつものメンバー。


「前回はオンラインセッションじゃったからの! みんなの顔が見れてうれしいのじゃ!」


「あれも楽しかったが、やっぱりこうやってテーブルを囲んだ方が、俺は好きだな」


「遠征はいい経験をしたと思いますしせいいっぱいやれましたけど、やっぱり不安もあったので……

 女神様のおかげで、遠征先からでもみなさんの声が聞けて、ほっとしました」


「前回のセッションでは、暗黒の雲が大陸じゅうに広がったところで終わったのでござったな」


「どんなお話になるのか、本官も楽しみであります!

 前回の最後に、みんなのあざが光ったって話もあったでありますし、いよいよ勇者として一致団結のとき! みたいな感じで期待いっぱいであります!」


 みんな、開始前から楽しそうだ。

 その中で一人、いつもと様子が違うのに、王子が気づいた。


「大臣、やけにおとなしいな? 調子でも悪いか?」


 問われて、大臣は含みのあるような怪しげな笑顔を作って、キザなポーズを決めて返した。


「むっふー。心配ご無用ですぞ王子。ワガハイはただ、ひたっておるのですぞ。

 これから始まる物語、その激動の予感に高鳴る胸をなだめて、静かにそのときを待っているのですぞ」


「平常運転か。ならいいか」


 開始の準備をする。それぞれのレベルアップの報告。

 みんなそれぞれ個性を伸ばして、やれることが増えている。


「さて、開始の前にみなさんへ、伝えておきます」


 普段と違うタイミングで口を開いた僕に、みんなの視線が集まった。


「TRPGは、プレイヤーもゲームマスターも、参加者すべてが楽しむことが目的です」


「なんじゃ? 今さらどうした?」


 首をかしげた女神様を、そして参加者の全員を、見渡し。

 僕は告げた。


「これから、今日のセッションのネタバレをします」


「!?」


 みんなが、動揺のリアクションを見せる。

 王子が、考え込むように口元に手を置いて、尋ねてきた。


「理由を聞こうか」


 僕はうなずいて、参加者全員に向けて、説明した。


「今回のセッションは、今までにない特殊な状況が発生します。

 何も知らせずに遊ぶと、プレイヤーが楽しみ方をうまくつかめず、消化不良に終わる可能性があります。

 そのために今回のシナリオの概要を伝え、どのように楽しむべきセッションなのか意識のすり合わせをしておきたいと思います」


 ほう、と王子のあいづち。

 僕に注目する全員の視線をひとつひとつ確認してから、話を続けた。


「今回のセッション。大臣のキャラクターは、自身に眠る闇の力が暴走し、正気を失います。

 それにより、他のみなさんのキャラクターの敵として立ちはだかります」


 みんなの視線が、大臣の方に向く。

 とりわけメイドさんや神官さんの目は、困惑や驚きの色が強い。

 大臣はふふんとクールなそぶりをしながら、ちらっちらっと僕の方を見てくる。

 僕は説明を続けた。


「シナリオの冒頭、大臣のキャラクター、および前回助けたNPCは、闇の共鳴により苦しみます。

 大臣のキャラクターはNPCを助けるために闇の影響を一手に引き受け、それにより正気を失います。

 闇に染まった大臣のキャラクターを取り戻すため、みなさんのキャラクターは情報を集め、虹の勇者の真の力を目覚めさせます。

 そうして大臣のキャラクターを取り戻し、魔王との決戦に向けて団結するというのが、今回のセッションのストーリーです」


 全員が、それぞれに考え込むしぐさで、僕の方を見たり互いに見やったりしている。

 少し間を置いて、王子が口を開いた。


「そのあらすじを、俺たちはこうして知った。

 そして俺たちの演じるキャラクターたちは、まだ知らない」


 王子の目が、いどむように、細められた。


「分かってきたぞ。

 大臣のキャラクターが敵対するという衝撃的なシナリオを、俺たちプレイヤーは事前に聞くことで備えることができる。

 そのうえで、ショックな展開に翻弄されたり、あるいは覚悟を決めるキャラクターを、一歩引いた視点で落ち着いてロールプレイすることができるというわけだな」


 メイドさんや女神様が、はっとしたように口を開いた。


「確かに、わたしそんなストーリー、何も知らされずにやってたら、頭が真っ白になってゲームどころじゃなくなりそうな気がします」


「今ここで備えておけば、セッション本番はあわてずに冷静にやれるということじゃな!」


 兵士長が、感心したようにあごをなでた。


「うまく楽しむためにネタバレをする……なるほど、そんな手法があるのでござるか」


 それぞれのリアクションに、うなずきを返して、僕は宣言した。


「キャラクターは敵対しながら、プレイヤーはみんなで楽しむことを目指す。

 難しい要求かもしれませんが、みんなで『勝ち』を目指しましょう」


「委細承知であります! 心構えバッチリで全力で楽しむでありますよ!」


「いやおぬし見学じゃから関係ない……いやあったわNPC役やっとったわ」


 みんなの様子を確認する。

 全員、今回のセッションを楽しむ準備ができたと確信する。


「では。始めましょうか」


 すべての準備が整い、僕はオープニングを読み上げた。


「剣と魔法がきらめく大陸。跋扈ばっこするモンスター。

 混沌うねる大地はしかし、あまねく希望をその背に宿す。

 これより連日語り継ぐは、そんな世界で繰り広げられし大冒険。本日は、その一幕。

 広がる闇は世界を覆い、その共鳴は絆をすらも侵食する。

 勇者たちよ、今こそ真に仲間となるときだ。闇を切り裂く光として、その身で希望を証明せよ。

 ――キャンペーンシナリオ『虹を架ける勇者たち』。第三話『闇を払う虹の覚醒』。ここに開幕」

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