第二章 フルスクラッチ

第16話 急展開が過ぎる

 その日は確かに、朝からみんなそわそわとしていた。

 初めてのゲームマスターに向けて準備をしていたメイドさんも、何やらあわただしくお仕事を済ませていた。

 いったい、何があるのかといえば。


「行商隊が戻ってくるのですぞ。

 山を超えた国で商売をしてきて、いろいろ珍しいものを仕入れてくるから、みんな楽しみなんですぞ!」


 とは、大臣の談。


「まあ今は? 異世界人もいるわけですからな? ワガハイそこまで浮き足立ってはいないですぞ?

 あっでも勘違いするなですぞ? 別に全面的に信用してるわけではなくて、人間性だったりTRPGの有用性だったりにまあ少しは認めてもいいところがあるかなって、そんな程度ですぞ?」


 ツンデレ乙。


 ともかく、みんながそわそわしている理由は分かった。

 王子様が退屈して女神様に非日常を願掛けしちゃうくらいの国なんだから、国外からの品物が入ってくるチャンスとなれば、それはもう楽しみになるよね。

 僕としても、この世界の情報や物事が分かるなら、TRPGのネタに取り入れられるかもしれないし、楽しみになる。




 そんなこんなで、昼過ぎ。


「んっふっふ〜王子様〜お久しぶりでございますねぇ〜。

 ご機嫌いかがでしょう? わたくしめの方は商売ぼちぼち、元気にやってございましたがねぇ〜」


「ああ、行商隊長。変わらずで何よりだ。

 おまえはいつもおもしろい商品を仕入れてくるからな、今回も期待しているぞ」


 謁見えっけんの間にて、王子ににこにこと話しかける、恰幅のいい男性。

 行商隊長だそうだ。


 こそりと、隣にいたメイドさんが説明してくれる。


「新しいものや珍しいものが好きな王子と、行商隊長さんは仲がいいんです。

 わたしたちにはよく分からない美術品とか工芸品とか、二人でおもしろがって議論したりするんですよ。

 それこそ遺跡から発掘された土の人形とか、不気味なお面とか、そんなのが王子の趣味でこのお城の保管庫にたくさんあって……」


 苦笑するメイドさん。

 あ、なんかごめん。僕どちらかというとそういうのに興味を惹かれる側です。

 TRPGの資料として魔術道具を買い集めちゃう人間だし。


 そんな話をしていると、不意に行商隊長さんがこちらを向いた。

 そしてすすすと近づいてきた。


「んっふっふ〜こちらはお初にお目にかかります。今しがた王子から聞き及びましたよ〜。

 なんでも異世界から来た方で、異世界のおもしろい遊びを持ってきたとかでございましょう〜?」


 にこにこと、なんというか、貼りつけたような笑みの見本みたいな顔で見てくる。

 な、なんか、うさんくさい。


「ああ、ああ! すみませんねぇ〜気を悪くさせてしまいましたか。何しろわたくしめ、根っからの商人でございましてねぇ〜。

 この営業スマイルがなかなか外せませんで、それにですねぇ、こう、金勘定のクセが抜けませんで、新しい出会いがあるともう、お金を生み出す機会にならないか真っ先に考えてしまいましてねぇ〜!」


「はあ」


 ずーっとニコニコとしゃべりかけてくる。うさんくさい。

 まあ、王子が仲良いくらいだし、悪い人じゃないんだろうけど。

 国外で商売するような人だったら、このくらいうさんくさくないとうまくやれないのかな。


「で、本題なんでございますがね。わたくしめもその、TRPG、ですか? 興味がわいてございましてねぇ〜。

 せっかくの機会ですから、わたくしめもご同伴、させていただけませんでしょうかねぇ〜?」


「すまないが、俺からもお願いできないか。行商隊長の彼がTRPGに触れるのは商機になりうるし、単純に俺が国を離れる機会の多い彼と遊びたい。

 すぐに次の商売に出てしまうというし、その前に次のセッション、彼を加えてくれないか」


 王子も僕たちの方へ来て、頼んできた。

 僕は隣のメイドさんと、顔を見合わせた。


「次の……って」


 メイドさんは、目をぱちくりさせた。


「わたしのゲームマスターで……ですか?」


 急展開になった。

 これは、ちょっと……困ったぞ。

 GMに慣れてない人のセッションで、TRPG初経験の人を加える、というのは。

 ちょっと、難易度が高い。




 そして、イレギュラーは重なるもので。


「すみませぇぇん、ちょっといいでありますかぁぁ、とんでもないことが起きてぇぇ、本官はもうどうしたらいいかぁぁ……」


「む、神官殿でござるか? いったいどうしたでござる?」


 謁見の間の入り口、兵士長に泣きついている女性は、神官さん。

 と、その後ろから顔を出した、真っ白い髪の女の子。

 なんか若干光ってる。


 女の子は堂々としたたたずまいで、ほがらかに宣言した。


「この身を信仰せし人の子らよ、楽しんでおるようじゃのう!

 この身は女神じゃ。神殿にてまつってもらっておる女神じゃ。王子の願いを聞き届けて異世界人を召喚してやった女神じゃ!

 天上からおぬしらの遊ぶ様子をながめておったが、実に楽しそうじゃ。この身もやってみたいと思うほどにの。

 なのでこうして肉体を持って顕現し、遊びに来たのじゃ。

 人の子らよ、この身もTRPGに混ぜるのじゃ!」


 僕はメイドさんに顔を向けた。

 メイドさんは、なんというか……はにわみたいな顔をして固まっていた。


 なんか、うん。

 頑張ろう。

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