第15話 それからまた、新しいゲームを

 大成功のゲームを終えて、夜になって、朝になって、日々は過ぎる。

 また掃除をしたり、イモの皮むきをしたり、そんな日々をこなす。

 楽しい日々を。


 働きながら、僕はみんなと言葉を交わす。

 王子と。大臣と。兵士長と。メイドさんと。他のみなさんとも。

 そうやって、日常を過ごして、次のTRPGのネタを考える。

 何に期待して、何に不満があって、何から逃げたくて、何にワクワクするのか。

 みんなの日常が、次の非日常への入り口になる。


 そうしているうちの、ある日。

 TRPGの本を置いてある部屋に行くと、メイドさんがいた。

 メイドさんは僕を見ると、なんだかわたわたとした。

 手元には紙と鉛筆。そして広げているのは、リプレイでなくルールブックだった。


「あのっ、すみません、わたしまだゲームに慣れてないのに、おこがましいっていうか……」


 言っていることがピンと来なくて、目線がメイドさんの手元に行った。

 紙。何か書いている。手で隠されてしまったけど、上のすみっこは見えている。

 シナリオ、という文字。タイトルらしき言葉。


「……もしかして、メイドさん、シナリオ書いてました?」


 メイドさんは真っ赤になって、ぶんぶん頭を下げた。


「すみませんすみませんおこがましいことして! 身の程知らずなことして!」


「いやあの、別にシナリオ作りは専門の仕事でもないですし、おこがましくも何もないですけど……」


 言いながら、理解してきた。

 そして、僕の思った通りなら、それは。


「……メイドさん、GMゲームマスター、やりたいですか?」


 メイドさんは赤面したまま、ぎゅうっと縮こまった。


「ダメ、ですかね……?」


 メイドさんを見ていて、僕の心臓はどくどくと高鳴った。

 メイドさんにときめいたとか、そういう話じゃない。いやまあ、魅力的な女性だとは思うけど。

 それよりも。期待。高揚。唇が渇く。

 それは、僕の気持ちは。


「いえ。うれしいです。あの、めちゃくちゃ、うれしいです!

 GMやりたいって思ってくれるなんて、本当、とっても、うれしいです!」


 つい、声がうわずってしまう。

 それだけ喜んでるんだ。


 一般論として、TRPGのハードルは、プレイヤーよりもゲームマスターの方が高い。

 自分のキャラクターを最低限管理できればいいプレイヤーに比べて、シナリオ全体や戦闘バランスの管理をし、その流れでセッション前の準備や時間配分なんかも担いがちなゲームマスターは、難しそうに見えるのだ。

 なのでプレイヤーを何度も経験していても、ゲームマスターをやることには尻込みしてしまう人が多い。


 そんな中で、メイドさんは、ゲームマスターに興味を持ってくれている。


 面食らったメイドさんを見て、ちょっとトーンを落ち着けて、でも全然落ち着けてなくて、僕は喋った。


「歓迎します。大歓迎です。

 僕、遊びたいです。メイドさんのGMで、メイドさんが作ったシナリオで、遊びたいです!」


 メイドさんはとまどった顔で僕を見つめて、それから、やがて、しっかりとうなずいた。

 その顔は、笑顔で。


「はい。

 一緒に、遊びましょう!」




 この世界には、魔法があって、ゴブリンやドラゴンだって実在する。

 それらと剣を持って戦って、大冒険する人たちが、確かにいる。

 けれど、そんな生き方と縁はなく、それぞれの身の丈に合った人生というのが、あったりする。

 だからこそ、どんな世界にいたって、違う自分を夢見ることは、こんなに楽しいことなんだ。


 だから僕は、この剣と魔法の異世界で、TRPGをやっている。

 やっていくんだ。




 そしてその輪は、これからさらに、広がろうとしている。

 騒がしく。にぎやかに。

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