第5話 違う自分を冒険する
ひとまずの説明を終えて、キャラクター作成を始めた。
今回のゲームにおいて、ゲーム内の物語を冒険する、自分たちの分身。
キャラクターシートと呼ばれる紙に、能力を示す数字が埋められ、名前や持ち物など必要事項が記載される、それがプレイヤーの目に見えるキャラクターの姿だ。
キャラクターは一から作ることもできるけれど、全員が初めてだし、あらかじめデータが組まれたサンプルキャラクターを選んでもらうことにした。
王子は、敵に攻撃することが得意な軽戦士。
兵士長は、仲間を守る盾となる重騎士。
メイドさんは、仲間のケガを治す癒し手を、それぞれ選んだ。
「使うデータを決めたら、ライフパスを決めてもらいます。
一覧表から自由に選択してもいいですし、ダイスを振って決めることもできます。
今回のゲームでは、どのライフパスにしても能力値などに影響しないので、やりやすいように決めてください」
「ライフパス?」
上がった疑問の声に、僕はライフパスの表を見せながら説明する。
「みなさんのキャラクターが、どのような出自で、どのような目的で冒険をするのかといったプロフィールです。
これを決めることで、キャラクターのイメージが鮮明になり、物語への没入感が増します。
逆に、プレイヤーとキャラクターが別の人格であることを明確にし、過度の没入を防ぐ効果もあると、僕は思っています」
TRPGの没入具合、たまに難しいことがあるんだよね。
まあ、今はそこまで考えなくていいと思うけど。
王子がライフパス表をながめる。
「貧しい生まれや裕福な生まれ、親が冒険者であったり違う職業であったり、冒険の理由も好奇心、力試し、金目当て、……いろいろとあるな」
王子が挑戦的に、笑ってみせた。
「わくわくするな。生まれつき王子であった俺が、もし王子でなかったらどんな人となりになるか。
今回冒険に向かう自分の役柄が、どんな人生と心情を背負って冒険に挑むのか、想像のしがいがあるな」
あ、そうか。僕は思い至った。
王子とか平民とか、身分のあるこの世界では、違う自分を演じるTRPGというものの性質は、元の世界よりも重い意味を持つのか。
ちょっと気後れした僕に気づかず、王子は続けた。
「楽しみにしているぞ、『ドラゴン退治』」
視線を受けて、僕は気を取り直して、背筋を伸ばした。
頭の中で、シナリオの復習をした。
ルール説明からキャラクター作成までの間に、今回の冒険の概要――シナリオを紹介した。
今回のシナリオは、「腕利きの冒険者たちによるドラゴン退治」だと。
僕が用意した今回のゲームでは、ドラゴンは本来、高レベルのキャラクターでないと太刀打ちできない相手だ。
対して、今作ってもらっているキャラクターは、レベル1。
ゲームに慣れていない人が、いきなり高レベルのキャラクターを使うのは、ちょっと難しい。
かといって、レベルに適正なゴブリンなんかを退治するシナリオだと、リアルにゴブリンと戦える人からしたら、刺激が足りないだろう。
――だから、データをそのまま、ガワの方を変えた。
レベル1のキャラクターを、今回のシナリオでは「歴戦の戦士」として。
レベル1に適正なモンスターデータを、「ドラゴンのデータ」として。
あとは、楽しんでもらえるかは、僕の力量次第。
そして、楽しませたいと思う。
この世界でTRPGをやることに意味があるとして、それが真に意味を持つのは、きっと、楽しくゲームで遊べてこそだから。
「――はい。全員のキャラクターシート、確認しました。
問題はないので、みなさんがよろしければ、さっそくゲームを始められます。
――では、始めましょうか」
全員の視線が集まっている。
僕はひとつ息を整え、オープニングシーンを読み上げた。
「剣と魔法がきらめく大陸。
混沌うねる大地はしかし、あまねく希望をその背に宿す。
本日語るはそんな世界のほんの一幕、頭角表す英傑たちのとある冒険。
――シナリオ『洞窟に潜む黄金竜』。ここに開幕」
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