第32話 星の模様のブローチ
ドデカツバサカバ駆除の遠征出発まで日にちがない。
兵士長もメイドさんも、他の遠征に行く人も、すぐに準備を整えた。
荷物を積み上げる。食料品や武器防具、ドデカツバサカバを追い払うための薬草に、魔法の威力を強化する効果を持つという消耗品。
数年に一度あることというだけあって、ベテランの人は慣れた様子で手際がいい。
そんな中でメイドさんの様子は、やっぱり少しだけ不安そうというか、緊張してるように見えた。
そうだよね。張り切ってるとも言ってたけど、どうしたって緊張するよね。
できれば、緊張をやわらげてあげたいな。
だから、出発の日。
「メイドさん!」
お城の廊下、遠征の一団に加わろうとするメイドさんを、呼び止めた。
メイドさんは振り返って、目をぱちくりとさせた。
まだ朝早い時間。朝の仕事をしようとする他の使用人さんたちが、ちょくちょく通り過ぎていく。
そんな場所で、僕はメイドさんに持って来たものを手渡した。
「メイドさん、これ、持っていってください」
「えっ……? えっ?」
とまどいながら、メイドさんは手を出して受け取った。
星型の模様をした石がはまった、ブローチ。
「お守り代わりにと思って。王子にお願いして、もらってきたんです。
こないだ行商隊長さんに仕入れてもらった、TRPGの小道具のひとつだったんですけど」
「えっと、あの、え?」
メイドさんはしどろもどろとしている。
通りかかった他の使用人さんが、ちらりとメイドさんの手元のブローチを見て、何かじっと見つめてからそそくさと通り過ぎていった。
「え、これ……あの、ちょっと、え、これって、あの、どういう意味で……」
「あ、そうですね。意味を説明しないと、分かんないですよね。
TRPGの中に出てくるアイテムの話なんですけど」
「あ、え……アイテム? TRPG、の?」
僕はうなずいて、説明を続けた。
「えっと、TRPGのアイテムで、大型モンスターからのダメージを減らす、っていう効果のアイテムがあって。
それが星型の模様の石だっていう設定があって、ちょうど小道具にそのブローチがあったので、ちょうどいいなって思ったんです。
小道具なので実際はなんの効果もないんですけど、持ってたらちょっとでも不安がやわらぐかなと思って」
僕の説明を、メイドさんはぽかんとした顔で聞いていた。
その口から、ああーというなんだか気の抜けたような声が出てきて、それから目をそらすようにうつむいてぼそぼそとしゃべった。
「そ、そうですよね。あなたのことですからTRPG関係のものですよね。
それはそう……異世界の人だから、この地域の風習とか知りませんよね……」
え、何?
なんかぼそぼそ言ってて、聞き取れなかったんだけど。
そして言っているうちに、メイドさんの後ろから兵士長が近づいてきた。
「メイド殿」
「ひゃういっひはっひはぁ!?」
声をかけられて、メイドさんはすっとんきょうな声を上げて、ブローチが手から飛び出しかけたのをわたわたとお手玉状態でキャッチして、なんだか赤い顔を兵士長に向けた。
「へっへっ兵士長さん!? 違いますよこれ違いますからこれはTRPGのアイテムになぞらえた小道具でなんの他意もありませんしわたしもなんの他意も期待してたりなんてしませんから!?」
「なんのことか知らんでござるが、集合でごさるぞ。
王様も直々に来て激励しにきたでござる」
「えっ王様が!? すみません王様を待たせるわけには!」
メイドさんはわたわたとして、僕にあわただしく頭を下げて、兵士長と一緒に遠征の一団の方に向かっていった。
その途中で立ち止まって、こちらを振り返って、声を張った。
「あっ、あの! ありがとうございます! お心遣いいただいて!
とっても心強いですし、おかげで緊張がほぐれました! ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて、改めて前を向いて、向かっていった。
よかった。不安を取り除くことができたのなら、渡した甲斐があるよ。
なんか反応がおかしかった気もするけど、急にものを渡したからびっくりしたのかな?
なんて考えてると、下の方から声がかかった。
「さてさてー、おばあちゃんたちも頑張らないとねぇー。
あの子がいない分、坊やもお手伝いお願いねぇー」
「あっ、メイド長」
小柄で温和なおばあちゃん、という印象のメイド長。
最近は僕はキッチンに入ることが多いけど、掃除の手伝いをすることもあるからちょくちょくお世話になる。
メイド長はふふふと笑って、語った。
「あの子は風の魔法を期待されて同行したけどねぇー、兵士さんの身の回りの世話で、メイドとか小間使いが遠征についていくことあるのよねぇー。
普段あんまり接点のない人と長くいることになるし、よその国の人とも一緒にやるから、まぁ出会いの場になることあるのよねぇー」
「出会い……」
それはつまり、恋人探し……もっと言えば、結婚相手探しの場になるということだろうか。
メイドさんが、結婚相手探しの場に……いや、メイドさんだって年頃の女性なわけだし、そういう可能性もあるわけか。
いや、僕には関係ないけど……関係ないよ? 僕はただ、ここに来てからずっといっしょに遊んでるTRPG仲間というだけで。
単にメイドさんは早いうちからしっかり遊ぼうと勉強してくれたり、真っ先にゲームマスターにチャレンジしてくれたり、それで準備のために一緒にいる時間が長かったり、お仕事の手伝いとかもあって、考えてみたらこの世界に来てから一番身近にいる存在ってだけで……いやこう考えると思ったより特別な存在みたいに感じちゃうな?
メイド長は僕の顔を見上げて、ぽんと背中を叩いてきた。
「お守り、きちんと効くことを祈ってるからねぇー」
えっと、それはどういう意味でしょう?
意味深な笑みを残して、メイド長はさっさと仕事に向かってしまった。
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