第31話 僕たち自身のキャラクターシート
その知らせは、本当に唐突に来た。
王子は僕に告げた。
「同盟国の要請なんだ。応じないわけにはいかない」
兵士長は言った。
「しばらく国を離れねばならんでござる。セッションの続きは当分先になるでござろうな」
僕は、顔を向けた。
「……メイドさんも?」
メイドさんは緊迫した面持ちで、強がるように笑顔を作って、僕に言った。
「心配しないでください。きっと無事に帰ってきます。
帰ってきて、きっとまたみんなでTRPGやって、キャンペーンの続きをできます。きっと、大丈夫ですから……」
そこに、咳払いの音。
そばにいた女神様が、ジト目でこちらを見てきた。
「うおーい。たかだかドデカツバサカバの駆除で、そんなシリアスな空気をかもし出しとるんじゃないぞーい」
ドデカツバサカバ。
この大陸に存在する、大型のモンスター。
大陸をふらふらと飛び回って移動し、今いる王子たちの国やその周辺には数年に一度程度の頻度でやってくる。
性格は温厚で、積極的に人を襲うことはないものの、その巨体ゆえに山の食料を食い荒らされたり、すみかを追いやられた小型モンスターが人里に下りてきたりして被害をおよぼす。
退治はよほど強い魔法を使える人間でないと無理。現実的な対処法として、ドデカツバサカバの嫌うにおいを発する薬草を燃やして、そのにおいで追い払うという手段が取られる。
それでも暴れられると大変なので、周辺の国同士で同盟を結び、ドデカツバサカバが現れたときは互いに協力して、物資や人材を融通して対処する。
と、いう説明を、兵士長から聞いた。
現在ここは、TRPGの道具の部屋。
「ゆえに拙者ら兵士は隣国におもむくのでござるが、風の魔法を使えるメイド殿にも白羽の矢が立ったのでござるよ」
「薬草のにおいを効率よくドデカツバサカバに届けるために、風の魔法が役に立つんだそうです」
メイドさんが補足し、王子がさらに言葉を続けた。
「ま、数年に一度の風物詩みたいなものだな。死人が出たという話も、俺の知る限りでは聞いたことがない。
それでもケガ人が出ることはあるようだし、鈍重でやたら気の長いドデカツバサカバが立ち退いてくれるまで、何日もかかったりするそうだ。
移動時間も考えると、ひと月はセッションがおあずけになるかもしれないな」
「ひと月……」
それはけっこう、長いな。
今までだいぶ密にセッションしてたから、だいぶ期間が空く気がする。
それもよりによって、キャンペーンを始めた矢先なんて。
女神様は手をひらひらと振って、背を向けた。
「低くとも危険性のある仕事じゃ。この身は神殿に戻って、みなに加護を与えるとするのじゃ。
神としてはたいしたことないこの身でも、ケガのひとつやふたつくらいは防げるかもしれんじゃろ」
「本官もお供するであります! 女神様が存分にお力を発揮できるよう、やれることがあればなんでもお手伝いするであります!」
「いやおぬし、それが本職じゃろ」
女神様と神官さんは退室していった。
そうして残された中で、王子がぐぬぬとうなった。
「しかしドデカツバサカバめ……どうして隣国にやって来たんだ……」
ああ、セッションができなくなって、残念ですよね。
と言ったら、くわっと目を見開いてきた。
「そうじゃあない!!」
王子はわなわなとふるえて、きれいな金髪を振り乱して力説した。
「デカいモンスターをこの目で見られるチャンスなんだぞ! この国にいては滅多に訪れない機会だ!
それもドラゴンなどと違って温厚でまあまあ安全に近づけるようなヤツなのに、なんで隣国なんだ!
この国に来てくれれば見に行くこともできただろうに、よその国では王子の俺がおいそれと見に行くことができないではないか……!」
「いや王子、この国でも行かせんでござるし、うちに来てたら大変なんでござるぞ?」
兵士長がツッコんだ。そりゃそうだ。
王子はまだぐぬぬとしていたけど、不意にまじめな顔になって、メイドさんに顔を向けた。
「メイド。すまないな、城勤めのおまえに遠征の仕事を頼むことになってしまって」
「あっいえ! 大丈夫です! その、頑張りますので!」
メイドさんはぐっとこぶしを握って、気合いをアピールした。
その手がちょっと、ふるえてるように見える。
怖いのかな。そりゃそうだよね。
危険性は低いとはいえ、兵士と一緒に遠出して大きなモンスターの対処をするなんて、不安になるよね。
そう思っていると、メイドさんはふっと視線を落として、テーブルに置いてあった紙を手に取った。
キャンペーンで使っている、キャラクターシート。
「わたし、国外に出たことないんです。そんな機会もないものだと思ってました。
なので、不安な気持ちがないって言ったらウソになりますけど、本当に、張り切ってるんです」
キャラクターシートを、指でなでる。
「TRPGのキャラクターが、経験を糧にして成長するみたいに。
わたしも、今回の経験を通じて、成長できたらいいなって思います」
顔を上げて、しっかりとした表情で、僕や王子たちを見渡した。
「もしも、わたし自身のデータを記録したキャラクターシートがあったとしたら。
それの『よい活躍をした』の欄に、チェックを入れられるようにしたいです」
しっかりとした表情で。
自分自身の、キャラクターシート。
それは、想像したことがなかったな。
もしそれがあったとして、僕はそのシートの『よい活躍をした』欄に、チェックを入れられるだろうか。
そんなことを考えていると、王子が背中を軽く小突いてきた。
「おまえはここにきてからずっと、『よい活躍をした』と思うぞ」
言われて、僕はなんだか、おもはゆい気分になった。
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