第12話 「ハンドアウト」

 TRPGの会場としておなじみとなった、応接室。

 集まるのは僕と、王子、大臣、兵士長、メイドさん。

 いつも通りの、五人。


「今日は少し、いつもと違うキャラクター作りをします」


 そう言って僕は、四枚の紙片を並べた。

 一番から四番の番号が割り振られ、それぞれに数行の説明が書かれている。

 不思議そうに見る四人に、僕は説明を加えた。


「今までみなさんは、冒険の開始時点ですでにパーティを組んでいて、同じ目的で冒険をしてきました。

 それを今回は、それぞれ個別の立ち位置を与え、異なる目的で冒険してもらいます」


 こちらに向いたみんなの視線に、僕は目線を合わせた。


「『ハンドアウト』と呼ばれる手法です」


 紙片――ハンドアウトには、キャラクター四名のこの物語での立ち位置が書いてある。


『あなたは心優しき者。何者かから命を狙われる不思議な少年と出会い、彼を保護し、交流を深める』


『あなたは復讐を誓う者。過去に親しい人を殺された。その犯人を絶対に逃がさない』


『あなたは依頼を請け負う者。公的機関から依頼を受け、暗躍する犯罪組織を調査し叩く』


『あなたはただのお人よし。困っている人がいるのなら、手助けするのが信条だ』


 以上、順に一番から四番まで。


 みんな、互いに顔を見合わせている。

 僕は説明を続けた。


「今回のシナリオでは、物語の中で、最終的に全員が同じ敵と戦うことになります。

 その上で、どの立ち位置のキャラクターを演じたいか、一人ひとつのハンドアウトを選んでもらいます」


 王子が手を挙げて、尋ねてきた。


「質問をいいか。このハンドアウトというものは、戦いの目的や生い立ちがある程度絞られる気がする。

 キャラクターを作る際に、それらの項目はハンドアウトに合わせるということか」


「はい。ハンドアウトに示された内容に沿って、その行動を取るのがそぐわないようなキャラクターは避けてください。

 もし矛盾した設定を使いたい場合は、GMゲームマスターと相談の上、ハンドアウトを逸脱しない条件で使用可能とします」


「ふむ」


 王子は考え始めた。

 他のみんなは、王子が決めるのを待っているように見える。

 僕は追加で説明した。


「ハンドアウトを採用する際、一般的に小さい番号スモールナンバーのキャラクターほど物語に深く関わり、大きな番号ラージナンバーほど物語に関わる必然性が薄くなります。

 全員が活躍することを前提として、一番のキャラクターはいわゆる主人公として設定される場合が多いです。

 逆に四番は物語上いなくても成立するキャラクターであり、自分で立ち回りを考えて動くことのできるベテランが好む立ち位置となります」


 全員の視線が、とりわけ王子の視線が、こちらに向いた。

 王子の視線は値踏みするような、挑むような。

 僕はそれを、真正面から見すえた。


 やがて、王子はふっと笑った。


「なるほどな」


 王子は、ハンドアウトの一枚を手に取った。


「俺は四番のハンドアウトを希望する。構わないか」


 王子に尋ねられた僕は、他のみんなを見渡した。


「希望の重複がなければ、構いません。

 早い者勝ちというわけでもないので、全員が納得するように決めましょう」


 兵士長は腕を組み、大臣はうなり、メイドさんは心配げにそわそわしていた。

 それから動いたのは、兵士長だった。


「拙者はやはり、誰かの下について働く役柄が好みでござる。

 三番のハンドアウトをいただいても、よいでござるか?」


 大臣がふふんと鼻を鳴らし、クールな様子をよそおって手を伸ばした。


「ま、なんの役柄でもワガハイに文句はないですが? 復讐者という繊細な役柄は、ワガハイのような人生経験豊富な人間がやってこそ深みも出るというものですぞ?

 決して響きがカッコイイとか思ったわけではないですぞ?」


 そして、大臣はこそっと聞いてきた。


「ところでGM、今回のシナリオにヒロインはいないんですぞ?」


「あー……はい。キーパーソンは少年ですし、ヒロインは特に用意してないですね」


「あー、うむ、そういうことでしたら」


 大臣はしきりに咳払いした。


「GM、演じるキャラクターが、自分と同じ性別でないといけないなんて決まりはないですな?

 GMが女性のキャラクターを見事に演じることもあるわけですし? ワガハイが女性のキャラクターをやっても、問題ないですな?」


「えっ? あ、はい。いいですけど」


「う、うむ! いや別にワガハイがおなごになりたいというわけではないですが? ただ復讐に燃える女戦士というのが、実に魅力的な設定だろうと判断しただけですぞ?

 だからワガハイは? みんなが盛り上がるだろうと? 女性キャラクターをやろうと思うんですぞ?」


「あっ、はい」


 マジか。大臣、そういう方向に開花したか。


 ともかく。僕はメイドさんに顔を向けた。


「メイドさん。早い者勝ちではありません。希望があれば言ってください。

 でも……一番のキャラクター、どうですか?」


「あ……」


 ぽかんとしていたメイドさんが、ハンドアウトに向き直った。

 残り一枚。一番のキャラクター。

 物語において、主人公の立ち位置とされる役柄。


 正直に言えば、こういう決まり方になるだろうと決め打ちしていた。

 あまりマナーのいいシナリオ作りでないとは思う。決め打ちをするなら、事前にプレイヤーと相談するのが理想のはずだ。

 みんなの対応力に甘えるような形だけれど……今回はきっと、うまくいく。


 メイドさんはしばらく、戸惑っていた。

 それでも、やがて、決意したように声を出した。


「……やります。やりたいです。わたし。

 一番のキャラクター、わたし、もらいます!」


 僕はうなずいた。

 そして、他のみんなも。


 キャラクター作成。

 一番のキャラクター、メイドさん、剣士。

 二番のキャラクター、大臣、魔法戦士。

 三番のキャラクター、兵士長、盾役。

 四番のキャラクター、王子、味方の強化を行う補助魔法使い。


 そして、僕はオープニングを読み上げる。


「剣と魔法がきらめく大陸。跋扈ばっこするモンスター。

 混沌うねる大地はしかし、あまねく希望をその背に宿す。

 本日語るはそんな世界のほんの一幕、世界に暗躍する邪悪の胎動。

 闇にまぎれる犯罪組織の伸ばす手は、世界を揺るがす破滅を導く。

 運命のように集う戦士たち、不思議な少年の握る鍵は希望か、それとも絶望か。

 ――シナリオ『邪悪竜の儀式と封印の少年』。ここに開幕」

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