第13話 決断する

 ゲームの開始。

 ハンドアウト制の常道として、キャラクターの一人一人に個別のオープニングシーンを用意する。




「――少年は反応こそとぼしいですが、お腹をすかせているように思えます」


「あの、キャラクターシートのアイテム欄に、携帯食料があるみたいなので、これをあげることはできますか?」


「大丈夫です。では食べ物をあげると、少年は不思議そうにしてから口に入れ――」


 メイドさんのキャラクターは、シナリオのキーパーソンである少年と出会い。




「――ではワガハイは暗雲立ち込める空を見上げて、血の涙を流しながら叫ぶのですぞ!

『あたしは絶対! あんたを忘れないんだから!

 その顔と紋章は覚えた! 絶対に見つけ出して復讐してやるんだから、覚悟しなさいよね!』」


「あっはい、じゃあ暗雲立ち込める天気だったということで、雨がざぁざぁ降ってきたりするんですかね――」


 大臣のキャラクターは、復讐相手の特徴を脳裏に刻みつけ。




「――『犯罪組織の目的はいまだ不明だが、被害が広がっている。

 調査し、なんとしてもきゃつらの暗躍を止めてほしい』」


「御意でござる。

 ……あー、GM、拙者はキャラクターと拙者自身の差があんまりないのでござるが、何かロールプレイした方がいいでござるか?」


「いえっ、役を演じるのは必須じゃないですよ!

 キャラクターがどう動いたとかどう考えたとかを説明するだけでも、立派なロールプレイですから――」


 兵士長のキャラクターは、公的機関からの依頼を受け。




「――怪しい集団が武器を抜き、剣士と少年の二人連れに、今にも襲いかかろうとしています!」


「当然、二人を守るために動くぞ。そうだな、声を張って気を引くか。

『やぁやぁ悪党ども! 事情は知らんが、弱い者いじめは感心しないな!』」


 王子のキャラクターは、犯罪組織が今まさにメイドさんのキャラクターと少年を襲おうとする現場に立ち会い。


「では、ここから一回目の戦闘を始めます!

 兵士長と大臣も、登場していいですよ!」


「ではゆくでござる! 依頼の犯罪組織と特徴が一致することを確認し、抜剣するでござる!」


「『あたしのパパとママを殺したヤツと、同じ紋章だわ!

 あんたたち覚悟しなさい! ボコボコにした後で、あの男のこと吐いてもらうわ!』」




 戦闘を乗り越え、全員が行動を共にするに利すると判断し、調査を始める。


 犯罪集団の目的。それは強大な力を持つ、邪悪なるドラゴンの復活であった。

 それに必要なエネルギーを得るため、特定の力を持つ人間を殺して魂を集めている。

 大臣のキャラクターの仇は、この組織のリーダー格。

 ドラゴンは間もなく、復活しようとしている。

 その中で、キーパーソンの少年と交流を深め。

 そして、少年が狙われた理由は。


「少年は、かつてドラゴンを封じた力が、魂を持って生まれ変わったものです。

 少年の心臓を取り出してその力を使えば、ドラゴンの力を弱体化させることができます」


「でも、そうしちゃったら、この子は……」


 メイドさんの問いかけに、僕はうなずいた。


「はい。この選択をした場合、少年は死にます」


 メイドさんは、そして他の全員も、緊迫して息を呑んだ。

 重くなった空気の中で、王子が率先して口を開いた。


「……少年一人の犠牲で、これから引き起こされるであろう多大な被害を抑えられるなら、悪い判断ではない。

 王子である俺が現実に直面したら、そう判断するところである、が」


 兵士長と大臣が、とまどいながら同調した。

 王子はそれを見届けて、組んだ手の上にあごを乗せて、メイドさんに目を向けた。

 王子の口元は、組んだ手で隠れている。


「……わたし、は」


 メイドさんは、一度、目を閉じた。

 それから、深呼吸。

 そしてまた、目を開けて。


「わたしの、キャラクターは」


 メイドさんは視線を落とす。

 キャラクターシート。そこに記入されたメモ書き。

 シナリオの要点。起こった出来事の箇条書き。

 少年との交流。その記録。

 そこにあるのは文字情報で、語られた言葉の羅列で、そして紡がれた物語の、キャラクターたちの存在の、証明だ。


 再度上げられたメイドさんの目は、力強く僕たちを見渡した。


「この子も、助けたいです。死なせたくないです。

 一人を犠牲にして他が助かるんじゃなくて、誰も、犠牲にしたくないです。

 わたしは、全部を! 見捨てたくないです!」


 はっきりとした声。

 王子が見つめ返し、兵士長と大臣は、うなずいた。


「同意でござる。犠牲なく済むのなら、それが一番でござるな」


「『あたしは別にっ、その子のことは同情も何もしてないけどね!

 ただ必要な犠牲なんて思ったら、あいつらがパパとママを殺したのとおんなじみたいでムカつくから、そんな道理ごと蹴っ飛ばしてやるんだから!』」


 王子の口元は、組んだ手で見えない。

 けれど微笑んだように感じた。

 王子は一瞬だけ僕を見た後、組んだ手を下ろしてメイドさんに言った。


「ではキャラクターとして、こう告げよう。

『救える者をみんな救うのが、俺の心情だ! 俺の力、その心意気に存分に乗せるがいい!』」


 全員の気持ちが、行動方針が、ひとつになった。

 メイドさんが、こちらを向いた。


「GM。それでお願いします。

 わたしたちは、この子を犠牲にしたりしません!」


 メイドさんみずからの、パーティとしての行動宣言。

 僕はしっかりとうなずいた。


「分かりました。

 ではその流れで、ゲームを進めていきます!」

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