第11話 能力とやりたいこと

 それから僕は、TRPGをやりつつ、そうしない日はお城の仕事を手伝った。

 拭き掃除をしたり、イモの皮むきをしたり。

 そのかたわらで、お城の人たちと仲良くなっていった。


 仕事をしていると、この世界ではいろいろなことに魔法が使われていて、それぞれの能力を活かして仕事をしていることが分かった。

 たとえば料理長は火の魔法を使えて、料理の火加減の調節に活用していたり。

 メイドさんは風の魔法を使えて、ほこりを集めたり部屋の換気をスムーズにしたり。

 兵士長は力を強くする魔法を使えるし、大臣は書類をコピーする魔法が使える。

 TRPGの紙も大臣がコピーしてくれていたようで、なんだ、最初から協力的だったんですねと言ったら、大臣は「勘違いするでないですぞ」といろいろ言っていた。




 ある日、メイドさんと話をした。


「得意な魔法は、たいていは生まれながらに決まっていて、その魔法を使いこなせる仕事をするんです。

 それとは別に、王族や貴族といった家柄もありますよね」


 メイドさんの作り出した小さな竜巻が、じゅうたんの上を進んでほこりを集めていく。


「私の家は農家ですけど、ちょっとあこがれがあって、お城のメイド募集に応募したんです。

 風の魔法がうまく使えて、広いお城のお掃除も効率よくやれるので、それで採用してもらえました」


 集まったゴミを、僕が袋に回収する。


「あこがれのお城で、あこがれの王様たちの近くで、お仕事できています。

 まさか、王子と一緒にゲームをするなんて、思ってもみませんでしたけど」


 はにかみながら、メイドさんは遠くを見る目をする。

 その顔はうれしそうだ。


「TRPG、やれてよかったですか?」


「はい! もちろんです!

 今まで考えられなかったような世界が、広がってる気がします!」


 うきうきした顔で。

 それから、メイドさんはふと、もじもじとして言った。


「それで……もしもやれたら、主人公っていうものに、なってみたいなあって……」


「主人公?」


 メイドさんはきょろきょろと周りを見て、それからちょっと寄ってきて、内緒話をするみたいに言った。


「わたし、前に言ったと思うんですけど、子供のころのおままごとではお姫様の役をよくやってて……

 あこがれがあるんです。物語の中心に立つのが。

 でも今TRPGをやっていても、やっぱり自然と王子が中心になっちゃって……

 あっ、王子をないがしろにしたいんじゃないですよ!? TRPG自体も楽しんでますし!

 ただ、わたしもああいう立ち位置になりたいなあって、ちょっとだけ、思っちゃって……」


 照れるような、ばつが悪いような顔で、メイドさんはうつむいた。


 TRPGは、プレイヤー全員が主人公だと言われることがある。

 それはそれとして、遊んでいれば、自然とロールプレイや話し合いの中心になりやすい人というのはいる。

 今は特に、本来の立場が影響して、王子を中心とした遊び方になりやすいのだと思う。




 また別のとき、王子と話をした。


「次のTRPGは、裏方というか、サポート役をやってみたいな」


 ベランダに出て、星空をながめて。


「俺は王子であることに、誇りを持っている。

 生まれ持ったこの光の魔法も、魔物を打ち払う力となり民衆を導くかがり火になる、希望の力だ」


 浮かぶ光の矢が、何本も王子の周りをただよった。

 星空よりもまばゆいそれは、王子を明るく照らして、ベランダの手すりや窓枠に、くっきりとした陰影を落とした。


「けれどな。もしもこの血筋と能力を取り上げて、後に残るのは、今の俺を形づくるどのくらいのものなのだろうかと、考えることはある。

 違う生まれをしていたら、どんな生き様になっていただろうかと」


 王子は僕に、笑顔を向けた。


「TRPGなら、それを体験できる」


 王子の笑顔に、僕は考え込みながら返した。


「ただのゲームです。そんな、人生に重い意味を持たせるようなものでは」


「俳優や曲芸師だって、ただ人を感動させるだけだぞ。

 腹をふくらませたり寝床を確保させたりはしないが、人生を豊かにする。

 TRPGは、おまえのやっていることは、そういうものだ」


「僕は……」


 考え込んでしまう。

 正直、重い。そこまでのことを、僕はしている自覚はない。

 僕は一介の大学生で、人生を豊かにするなんて大それたことをする人間じゃない。

 そもそもの話、TRPGは趣味だった。

 俳優や曲芸師のような、それで食べている仕事じゃない。

 なかった。


 自然とうつむいていた顔を、僕はしっかりと上げた。


「……やれるだけ、やってみます」


 王子はにこりと、挑戦的に笑った。


 この前のTRPGで、僕はみんなと対等に楽しむ、友達だと言ってもらった。

 その上で今、期待されている。TRPGに、僕に、一段上の体験を。

 僕はそれに、応えたいと思っている。


 僕が、そういうTRPGを、したいと思っている。




   ◆




 自室で、ベッドに横になって、考える。


 主人公になりたいメイドさんや、サポート役をやりたい王子。

 それは恐らく、キャラクターデータを戦闘型やサポート型に割り振るだけでは、満たされない。

 サポートキャラの王子が意思決定を取りまとめて、戦闘キャラのメイドさんがそれを受けて切り込む、そんな流れが、きっと自然にできてしまうだろう。


 それを崩すために、根本的なところに、手を加えるなら。


「……作ってみるか。『ハンドアウト』」

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