第10話 TRPGの「勝ち」

 夜。

 自分の部屋で、ベッドに横になって。

 僕はいまだ冷めやらぬ熱気で、今日のセッションを思い返していた。


「楽しかったな……」


 つぶやきが、空気に流れて溶けていく気がする。

 声に出すことで、実感がよりはっきりする。

 そしてまた、気持ちがじんわりとする。


「よかった……」


 涙がまた、あふれそうになる。




   ◆




「それでは、セッション終了です。経験点の計算を……」


 やりきった。そんな感触が僕の中にあった。

 僕の力じゃない気がするけど。

 みんなが発想をどんどん出してくれて、乗っかっていったから楽しかった。

 いいのかな、こんな感じで。


 そんなことを考えながら、プレイヤーのみんなの顔を見ると。

 みんな、僕の顔を見て、なんだかにっこりしていた。


「楽しそうだったな、ゲームマスター」


 王子がそう言って、笑いかけてきた。


 しばらく、僕はその意味をうまくみ取れなかった。

 兵士長たちが満足そうに同意した。


「前回のときは、まだ少し固かったように見えたでござるからな」


「わたしたち、あなたにもリラックスして楽しんでもらうことができたでしょうか」


「ワガハイは別に異世界人の心配などしてないんですぞ!

 ただ大臣として、客人が気を張ったまま過ごしているのはイカンと思っただけでござるぞ!」


 笑いかけてくる。


 あれ……もしかして。

 心配されてる? 心配されてた? 僕が?


 王子がほおづえをついて、にいっと笑いかけてきた。


「もしやと思っていたのだ。知らない地に一人来て、役目を果たそうと気を張っているのではないかとな。

 先日メイドと話して多少は緊張が解けたようだが、俺も積極的に動かないのは矜持きょうじにもとる。

 王子として、客人にはリラックスして楽しんでもらわないとな!」


 深く、王子は笑う。

 その笑顔が、僕の中に、すとんと落ちた。


 自覚はなかった。

 一回目のとき、TRPGも何も知らない人たちと遊ぶのだから、丁寧にやろうという気持ちはあった。

 それに相手は王子様なんだから、くだけた感じでやるのもはばかられたし。

 そんな、かしこまった気持ちで遊ぶのが、僕のプレイスタイルだったかと考えたら、違うのは確かだ。

 でもまさか、気を張っていたなんて、僕自身思っていなかった。

 知らない世界に一人で来て、戻る方法は分からなくて、そんな自分が、気を張ってなんていないと……思っていた。


 王子たちは、いたずらが成功した子供みたいに笑い合った。


「本を読んでおいて、正解だったな」


「うまくアイデアを思いついて、提案できたでござるな!」


「外交術の延長と思ってやってやったのですが、ダイスを振ったり考えたりは、まあ、楽しかったと認めてもよいですぞ!」


「緊張しましたけど、ロールプレイするの、楽しかったです!」


 その言葉を聞いて、気づく。

 メイドさんだけじゃなかったんだ。リプレイを読んだの。

 だから、みんなスムーズにネタが出せたんだ。

 どうやって遊ぶのか、お手本にして、あれだけ白熱させてくれた。

 僕が、楽しませなきゃって思ってたのに。


 王子がまた、こちらに顔を向けてくる。


「前に言ったな。TRPGの一番の『勝ち』とは、プレイヤーもゲームマスターも含めて楽しめることだと。

 どうだゲームマスター? 俺たちは、勝ったか?」


 そうだった。僕が言った。

 言ったのに、分かっていなかった。

 僕は、みんなを楽しませようとしていた。

 それ自体は間違いじゃないけれど、僕だけが頑張るんじゃない。

 ゲームマスターとプレイヤー、異世界人と現地人、それは事実だけど、それだけじゃない。


「俺たち全員、一緒にゲームをする『友達』同士、ここにいる五人全員で、勝てたか?」


 ――ああ。そうだった。

 今このとき、ここで遊んでいる僕たちは、対等なんだ。


「……はい。僕も、すごく……楽しかったです」


 頭を下げる。

 お礼に見せかけて、顔を伏せた。

 目頭が熱いのを、見せるのが恥ずかしいと思うのは、まだ心を開けていないだろうか?

 それでもみんなが笑いかけてくれると、見ていなくても感じられた。


 僕は思い切って顔を上げて、不恰好な自覚があるけど笑ってみせて、そして言った。


「……それでは、経験点の計算をしましょう。

 それぞれの『よい活躍をした』点を――」




   ◆




 心地よい眠気が、ベッドのやわらかさと一体になって僕を包んでいる。

 まどろんだ目のまま、僕は窓から外を見上げた。

 満天の星空は、手を伸ばせば、届いてしまいそうだった。

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