第9話 シナリオはそれるもの
ゲーム開始。
導入、シナリオヒロインを印象づける。
「町娘は瞳をうるませて、みなさんに懇願します。
『あの盗賊団にこないだ入った新入りは、私の兄なんです。
お願いします。バカなことをする前に、おにいちゃんをぶっ叩いて目を覚まさせて連れ戻してください』」
「むふーっ! この大臣にお任せですぞ!
ワガハイの国家権力で盗賊団なんぞけちょんけちょんにして、町娘たんはワガハイにメロメロですぞー!」
「おい大臣、おまえは今は大臣ではないぞ」
「大臣殿のキャラクターは確か、『商人の生まれ』で『人気者になりたい』でござったな」
「むきーっ! なら
「キャラクターデータに規定されてないので無理ですねー」
「むきーっ! こんなんなら『貴族の生まれ』とか、目的も『復讐のため』とかかっこいいのがよかったですぞー!」
「ダイスでランダムに決めたのは大臣だろうに……」
「だって! だって王子!
何が出るか分かんないの、めっちゃワクワクするんですぞ!?」
うん。分かる。
ランダムで決めるの楽しいよね。
大臣、思ったよりTRPGの適正あるな?
そして、冒険を進める。
「盗賊団の下っぱは逃げていきます! 判定で対決して追いつくことができます。
まず盗賊団の達成値を……あっ出目が腐った!?
僕が振ったふたつのダイス、無情に鎮座するふたつの1。
今回遊んでいるゲームのシステムでは、そして多くのTRPGシステムが採用しているルールでは、ダイスの出目がすべて1の場合はファンブルといって強制失敗になる。
待って、違うんですみんな、ここは笑いどころ! 「あっ……」みたいないたたまれない顔をするシーンじゃないんです、TRPGでは!
「ええっと、下っぱは『団内で最速のこの俺様の逃げ足に、ついて来れるか〜!?』と言って走り出しますが……
『ああ〜っ道のど真ん中にバナナの皮が〜!?』と滑ってすっ転びます!」
頼むウケて!
ウケ……てない……ダメか……?
「GMよ。『バナナ』とはなんだ?」
ガーン! この世界(あるいはこの国)にバナナがなかったー!?
物語は進む。
「えっと、『交渉』の能力が高いのは、わたしの吟遊詩人ですよね。
判定を……ああっ!? わたしも出目がひどいことに!?」
まずい、腐った出目が連鎖してる!?
出目がやたら偏るの、TRPGでは『まれによくある』んだよな。
「え、えっと、ロールプレイしますね、えっとー、
『わたしのお願いをー聞いてくれたらー、猫をもふもふさせてあげますー、あーっあなたは犬派なのですねー』」
あっ、NPCの設定を「生やした」!?
重要度の低いモブキャラの設定をプレイヤーの方で決めてしまうという、遊んでいる人間同士の信頼関係や場の雰囲気がしっかりできていないと使うのは非推奨な高等テクニック、まさかメイドさんが使いこなすとは!?
リプレイか、リプレイを読んで覚えたのか!?
「そ、その設定採用します!
『グッヘッヘ、その通りだぜぇ俺様は犬派よぉ。
俺様に言うこと聞かせたかったら犬を連れてきなぁ子猫ちゃんよぉ』」
「む、GMよ! 俺から提案がある!」
「聞きましょう王子!」
「俺のキャラクターは生い立ちが『組織の飼い犬だった』だ! 何か有利にならないか!?」
「さ、採用します!」
「えーっずるいですぞGMー! それならワガハイの大金積みだって採用してほしいですぞー!」
「極端なんですよ大臣のリクエストは!
ぶっちゃけますけどここは成功失敗で大きな分岐にならないところだからボーナス出せるんです!」
ロールプレイが、アイデア出しが白熱している。
暴走一歩手前。ちょっとまずい。
でも、乗り切れればこういう流れ、楽しい!
「――では下っぱとの和解が成立!
ここから下っぱはみなさんの味方として冒険についてきます!」
「やったー!」
完全に予定外の流れ。
けれどシナリオが破綻するような内容じゃない。
このまま、いける!
「――ではみなさんは先回りに成功し、盗賊団の狙いである『モテモテニナールハチミツ』を確保しました!
待ち伏せをして有利に戦闘ができます!」
「防御柵! 防御柵を作るでござるぞ!
拠点を作れば勝利は決したも同然でござる!」
「まずそのハチミツをワガハイがなめたいですぞ! なめさせるですぞ!」
「ハチミツがあるということは、ハチの巣があるのでは?
防御柵に使う罠として機能できないか?」
「わたし、吟遊詩人なので、歌を作ります!
町娘さんのお兄さんが、実はこんなにモテてたんだよって伝わって、ハチミツなくても大丈夫って思えるような、感動的な歌を!」
「えーい全部採用!
防御柵作りは『器用』判定、ハチの巣探しは『探索』判定、歌作りは『交渉』判定!
ハチミツをなめるならエンディングシーンで演出しますね!」
しっちゃかめっちゃか。
でも、みんな笑ってる。楽しんでくれてる。
なら、問題ない!
「――では盗賊団のボスを撃破!
『バっバカなぁ〜俺様の必殺ウルトラスゴーイソードが破られるとはぁ〜!』」
「やったー!!」
みんな、喝采。
最後にエンディングシーンで、町娘の感謝を演出したり、ハチミツをなめた大臣のキャラクターが老若男女問わずにモテて大変なことになったり、そんなドタバタを全部やり切って。
「――それではこれで、シナリオ『あばよ!へっぽこ盗賊団』終了です!」
「ありがとうございましたー!」
大団円で終えることができた。
みんな、満足そうだ。
そんな笑顔を見ながら、僕も笑って、そして思った。
――今回のゲームの笑いどころ、用意したシナリオと全然関係ない突発事故だったな。
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