第7話 TRPGを楽しむこと
ふと、目を覚ました。
まだ夜中。
セッションの反省をしながら寝落ちしたんだと思い出して、それから尿意を感じた。
起き上がって、トイレに向かった。
一般的、といったらいいのか、お城と聞いて僕がイメージするようなものと比べると、このお城は広くない。
ちょっとした民宿くらいのサイズ感。
星明かりが差し込むだけの廊下も、そのこぢんまりとした感じがなんだか親しみが持てて、一人で歩いても怖くはない。
遠いところに来たなって気持ちには、なるけれど。
遠いというか、異世界だけど。
元の世界では、僕はどういう扱いになっているんだろう。
死んでるんだろうか。行方不明だろうか。
恋人なんてものはいなかったけれど、家族や友人や、TRPG仲間とは、もう会えないのだろうか。
ちらりと、窓の外を見る。
月の見えない星空は、きらびやかだけど、どこか現実感がなかった。
歩いている途中で、灯りが見えた。
部屋の扉のひとつがちょっとだけ開いていて、そこからオレンジの光が漏れている。
あの部屋は、ルールブックなどを置いてある部屋だ。
王子たちが見たいと言ったから、いつでも読めるように専用の置き場所にした。
扉を押し開けて、中をのぞいてみた。
僕が入ってきたのに気づいて、中にいた人はびくりと背筋を伸ばした。
「あっすっすみません! こんな夜遅くまで読ませていただいてて!」
「メイドさん?」
部屋の中で、ランプの灯りに照らされてテーブルについていたのは、メイドさんだった。
メイドさんは恥ずかしいのかばつが悪いのか、読んでいた本で顔を隠した。
リプレイ本――TRPGをプレイした様子を文字に起こして、読み物にしたものだった。
本の上端からそろりと目を見せて、メイドさんは言った。
「あの……わたし、今日のゲーム、あんまりうまくできなかったと思ったので。
それで、あの、本を読ませてもらって、勉強しようと思ったんです、すみません」
僕は目をぱちくりさせた。
うまくなかった、というのは、少し
ただ、メイドさん自身、やっぱり満足いくプレイではなかったんだなと思う。
だから、勉強を……それは、つまり。
「また……ゲームをやりたいって、思ってくれるんですか?」
おずおずと、メイドさんはうなずいた。
「王子や、あなたが、自分とは違う人になりきっているのを見て、わくわくしたんです。
兵士長が、自分でかっこよく判断してるのを見て、どきどきしたんです。
おこがましい話ですけど、わたしも、あんなふうに遊びたいなって、思って」
それから、メイドさんの目が、こちらに向いて。
「あの、迷惑ですか?
うまくやれない人が、一緒にゲームしていると」
「いえっ、そんなことないです!
むしろうれしいです、また遊びたいって思ってくれること!」
慌てて手を振って、それから一度深呼吸して、落ち着いて言った。
「ゲームマスターにとって、一番のほめ言葉です。また遊びたいっていうのは。
それに、他のプレイヤーのいいところに注目してくれるのも、とても大事なことなんです」
「そうなんですか?」
僕は苦笑しながらうなずいた。
「自戒も込めた話なんですけど、TRPGをしてて一番興奮するのって、やっぱり自分や自分のキャラクターが活躍してるときなんですよね。
だからどんどん自分のアピールが優先しちゃって、他のプレイヤーやゲームマスターのことがなおざりになることがあるんです。
だから、自分がうまくできなかったと思っても、他の人のここがよかったってきちんと思えるメイドさんは、TRPGに向いていると思います」
メイドさんは、きょとんとした。
「わたし、向いてるんですか?」
僕はにっこりと笑ってみせた。
「TRPGの一番の『勝ち』は、参加者全員が楽しいと思うことです。
他の人の楽しさに共感して、自分も楽しいことを目指すのは、その勝ちに向けた最適解のひとつだと思います」
たとえば音楽で、完璧な演奏をするけれど、他の人と全然音を合わせようとしない人よりも。
多少音が外れても、周りとちゃんと同じリズムを刻める人の方が。
たとえば旅行で、分刻みのスケジュールを組んで、寄り道を一切許容しない人よりも。
穴だらけの予定表でも、目についた行きたいと思った場所に一緒に行ってくれる人の方が。
きっと一緒にいて、楽しい。
「僕はメイドさんと遊べて、楽しいと思います」
メイドさんは、しばらくぽかんとして、それからなんだか恥ずかしそうにうつむいた。
もしかして、ほめられ慣れてないのかな。
それよりも。
「すみません、僕、トイレ行く途中だったので。
ちょっとガマンできなくなってきたんで、行ってきます」
「あっ、はい! すみませんそんな途中で足を止めさせて!」
会釈して、部屋を出た。
向かおうとして、後ろから声がかかった。
「あの! わたしも、楽しいと思います!
TRPGが……あなたとゲームするのが!」
僕は振り向いて、部屋から顔を出すメイドさんに向けて、笑った。
トイレに向けて歩く。
歩きながら、窓の外を見た。
きらびやかな星空は、一瞬だけ、手を伸ばしたら届きそうな気がした。
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