第24話 フルスクラッチ
セッションを終えて、終了処理。
王子がやりきった顔で、すがすがしく笑った。
「いやー熱かった! 実に熱い戦いだった!
勝てるかどうかの瀬戸際の戦い、脳が焼けるようだったぞ!」
大臣も、それに合わせて笑う。
「ワガハイはもう死ぬつもりで戦ったんですぞ! 結果的にみんなのサポートあって助かったんですぞ!
くう〜我ながらロールプレイが完璧だったんですぞ! 呪われた生から解き放たれそこねたくやしさと、その中で胸にともった生きていたことへのかすかな喜び、この繊細で芸術的な心情を表現できてワガハイはもう〜たまらんですぞ〜!」
一方で、女神様とメイドさんはテーブルにもたれかかってぐでりとしていた。
「楽しかったけど疲れたのじゃー……サポート能力を誰にどのタイミングで割り振るか、めっちゃ頭使ったのじゃー……」
「本当に、疲れましたね……いえ楽しかったんですけど……
普段のメイドのお仕事でも、これだけ疲れるのはなかなかない気がします……
あっすみませんっ、メイドのわたしがこんなだらけた格好をしていてはっ」
あわてて背筋を伸ばしたメイドさんに、王子は気にするなと笑ってたしなめた。
というかぐったりしてる二人だけじゃなくて、王子も大臣も汗が光ってるし、相当消耗してるよ?
ついでに見学の神官さんも。
「うっうっうっ、死を覚悟するほどの激しい戦い、その中での熱いやりとり、本官は心動かされまくって涙が止まらなくてぇっ、体じゅうの水分という水分が抜けて枯れ果てそうでありますぅぅ……!」
「見てるだけでそんなに楽しめるの、コスパいいヤツじゃのー」
あきれる女神様のツッコミ。
そしてゲームマスターをしていた兵士長は、緊張感をすべて吐き出すように大きく息を吐いた。
「ちょっと、やりすぎたでござるな……あやうく全滅させるところだったでござる……」
「いやあ、結果的にクリアできましたし、楽しかったですよ?
まあヒヤヒヤしたのは事実ですけど」
兵士長の動かす敵、本当に遊びがなくてガチで殺しにきてる感がすごかったよ。
参加者が楽しめるのが勝ちとはいうけど、全滅しても楽しめるのかちょっと分からないし。
あのときオーケー出した僕の判断、ベテランから見たらどう感じるのかなあ。もっといい感じに回すやり方、あったりするのかなあ。
まあ、今いるメンバー全員が楽しめたのなら、それが正解なんだろうけど。
……楽しめたよね?
「どうでござったか? 難易度を上げすぎて、楽しくなかったなんてことは……」
「楽しかったですよ!」「楽しめたのじゃ!」
メイドさんと女神様が、食い気味に返事した。
「疲れたのは疲れたんですけど、本当にヒリヒリのバトルでこれでもかってくらい頭使って、なんかすごくこう、頭の中からなんか汁がどばーって出る感覚で!」
「強い神から力をもらって魔王退治しておる勇者たちなんかは、きっとこんな感じのヒリつく戦いをしておるんじゃろうなあって思うと、それを体験したんじゃと思ったら興奮でこの身はぶるんぶるんにふるえるのじゃ!」
メイドさんも女神様も、汗を光らせながらそれ以上に目を輝かせている。
ああ、よかった。楽しめたんだ。兵士長もほっとしている。
王子が、感慨深げに言葉を吐いた。
「ああ、楽しかった。クリアできたこと以上に、それが一番だ。
全員がそれぞれに自分のキャラクターの能力を理解し、その特性を最大限に発揮できたからこその楽しさ、『勝ち』なのだろうな。
最初のころに比べると、全員ゲームの理解度が上がっているんじゃないか?」
王子に見渡されて、メイドさんも大臣も、その通りというようにうなずいた。
実際、そう思う。
最初に遊んだときは、まだゲームに慣れてなくて、キャラクターの能力をうまく活かせていなかった。
あのときはカツカツだった戦闘も、今なら難なくこなせるだろう。
王子ははやるような、なんなら獰猛ともいえる笑顔で、言った。
「もっともっと、突き詰めて遊びたいと思ってしまうな」
王子の言葉に、うなずいたり苦笑したり、みんなそれぞれのリアクションを返した。
その中でもみんな、もううんざり、みたいなネガティブな反応は、見られない。
ふと、思った。
今なら。
「そろそろ、解禁してもいいかもしれません。
いえ、本当はもっと早く、解禁するものなんですけど」
僕の言葉に、みんなの顔がこちらに向く。
本来なら、ゲームマスターを経験するより先に、こちらを解禁するのが一般的だ。
TRPG自体を知らなかったみんなが慣れるために、解禁を先延ばしして、その間にゲームマスターの希望があって、こんな順番になった。
みんなのモチベーションがあったから、こんな順番になったんだ。
「これまで僕たちは、キャラクター作成の際、サンプルキャラクターからひとつを選んで、そこにライフパスを乗せて、キャラクターとしてきました」
みんなの視線が集中する。
とりわけ王子の視線が、引き寄せるように向いている。
「ゲームに慣れてきたら、サンプルキャラクターを使わない作成方法もあるんです。
サンプルでなく、一からキャラクターを作る方法が」
王子の口の中で、一から、という言葉が復唱された。
僕は言葉を続ける。
「種族。能力値。職業。特技。装備。
それらすべてのパラメータを、ルールにもとづいてすべてカスタムする。
そういう作成方法が、できます」
がたりと、椅子が鳴った。
王子の椅子だった。
全員が、王子の方に目を向けた。
王子は立ち上がって、テーブルに両手をついて、目をまっすぐにこちらに向けて、輝かせた。
「おい、おい、おい、おい」
わくわくを抑えきれないというトーンで、王子は喋った。
「すべて、カスタムできるのか?
職業も特技も……おいおい、どのくらいの組み合わせがある?
生まれや冒険の目的の比じゃない……とてつもなく多い組み合わせがあって、しかもゲームに直接かかわる部分で、それを、全部、自分で組み上げる?」
王子の口角が、ひとりでに、という雰囲気で、持ち上がった。
「そんな楽しいことが、できるのか?」
好奇心が、目に見えるようだった。
僕はあえて、尋ねてみた。
「やってみたいですか?」
「やりたい!」
食いつくように、朗々とした声が響いた。
もはや顔全体、体全体で、興味を表すようだった。
他のみんなの様子も、見渡してみた。
僕の方に顔を向けるみんな。
その全員が、王子ほどあからさまではないにしろ、興味と期待に満ちた顔をしていた。
「分かりました」
このとき僕の顔は、きっと不敵というか、不遜というか、そんな感じの笑顔をしていたと思う。
だって、仕方ないじゃないか。
自分がおもしろいと思うものを、こんなにおもしろそうだと思ってもらえるなんて、そんなにうれしいことはない。
「次のセッションから、『フルスクラッチ』を解禁します」
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