第22話 公式シナリオ

 後日、王子と大臣それぞれのゲームマスターで、プレイヤーをやらせてもらった。


 王子のシナリオは、古代の遺跡を探索するダンジョンアタックもの。


「むう……謎解きに思ったより苦戦させてしまったな。

 俺としてはここまで時間のかかるものとは思っていなかったんだが……」


「あはは、プレイヤーの知識を要求するものって、けっこう想定通りいかないことありますから。

 提案なんですけど、キャラクターの『知識』能力値を使って判定して、いい数値が出たらヒントをもらえるというのはどうでしょう?」


「えっと、『知識』ならわたしのキャラクターが高いですね……!

 すみませんキャラクターみたいに知的でなくて……!」


 大臣のシナリオは、派手な事件と人間ドラマが渦巻く復讐劇。


「……ここで敵の主犯はマントをひるがえし、月光を背にして朗々と言うのですぞ!

『この私を悪だと誰が言う。この復讐を悪だと誰が決めるのだ。そう決めた世界こそ狂っている。私は私の正義を貫き、彼女の無念をこの世界に叩きつけ……』」


「おーい大臣ーいつまでセリフが続くのじゃー。この身らはゲームをしにきたのであって吟遊を聞きに来たわけじゃないのじゃー」


「あはは、語りが長すぎると、プレイヤーが置いてきぼりになっちゃったりするんですよね」


「うっうっうっ、悲しい復讐の連鎖、本官は涙が止まらないでありまぁす!」


「こやつはこやつでなんで聞いてるだけでこんなに楽しめるんじゃ」




 そうやって、僕もプレイヤーを楽しませてもらった、ある日のこと。


「どうにも、うまくいかんのでござるよ……」


 相談を受けた。


 ルールブックを置いている部屋。

 僕と一緒にテーブルについて、悩んでいるのは、兵士長。


「貴殿やメイド殿や王子や大臣のようには、お話を考えられんのでござる。

 拙者もゲームマスターをやってみたいのでござるが、みんなを楽しませられるようなシナリオが、どうにも書けなく……」


「まあ、向き不向きもありますし」


 兵士長は、シナリオがうまく作れないと悩んでいた。


 こればっかりは、仕方がないと思う。

 自分一人のキャラクターだけを作って、与えられた状況に対応すればいいプレイヤーに比べて、ゲームマスターは考えることが多い。

 最近のTRPGシステムはゲームマスターがしやすいような工夫がされているけれど、そもそもとしてお話を考える力がないと、オリジナルのシナリオを作るのは難しいと思う。


 そして、オリジナルのシナリオにこだわる必要は、別にない。


「シナリオが作れないなら、できているものを使えばいいんです」


 顔を向けた兵士長に、僕は一冊の本を差し出した。

 ルールブックではない。基本のルールブックとは別売りで販売されている、ゲームを拡張させてくれる本の一種。


「『シナリオ集』です。

 ゲームデザイナーが作成した『公式シナリオ』が、いくつも載っています」


 TRPGのシナリオは、自作するほか、すでに用意されたシナリオを遊ぶこともできる。

 だいたいのルールブックには、ゲームをすぐに遊べるように、あるいは遊ぶ参考にできるように、ゲームデザイナーが作ったサンプルシナリオが載っている。

 あるいはこうして、いくつものシナリオが載った公式シナリオ集が販売されることもあるし、TRPGを遊ぶ有志が有償あるいは無償で提供しているシナリオもある。


 まあ、つまりは。

 僕は兵士長の目を見て、笑いかけた。


「シナリオを自作しなくても、ゲームマスターをやる方法は、いくらでもあるんです」


 兵士長は、むうとうなりながら本を手に取った。

 そうして中身を見ながら、尋ねてきた。


「貴殿はこの本の内容、読んでいるでござるか?」


「ええ、ざっとは」


「そうすると、内容を知っているわけで、楽しめないのではござらんか……?」


「いえ」


 僕は笑って、否定した。


 ネタバレは、しないに越したことはない。

 特に謎解きとか意外な正体みたいな内容があるものは楽しみが削がれるし、最適な行動を知っているプレイヤーがいるというのは、他の参加者も楽しみにくくなるだろう。


 もっとも僕は、ざっと目を通した程度だから、シナリオの細かいところまでは覚えていない。

 そのうえで、もしも知っていたとしても。


「知っているから楽しめなくなる、というわけでも、ないんですよ」


 たとえば、行ったことのある観光地に、二度目の来訪をするとして。

 一人で行くのか、誰かと行くのか。

 誰かと行くなら、それは家族なのか、友人なのか、恋人なのか。

 その差はけっこうな違いになるだろう。


「今のメンバーで遊ぶのは、初めてですから」


 兵士長は、なんとなく納得したような納得しきれないような、そんな表情で僕を見た。

 それから、気を取り直すように本に目を落とした。


「そういうことでござれば。

 しかしこのシナリオ集というもの、見るにいくつもシナリオが載っているようでござるが、どれを選べばよいのでござろう」


「そこは、兵士長の感性ですよ。

 兵士長がおもしろそうだと思ったシナリオを、選んでみてください」


 むむうと、兵士長はうなる。

 対して僕は、なんとなく、にこにことしてしまった。


「こないだ言われたことの、受け売りなんですけどね」


 女神様に言われた言葉。

 あの考え方は、とてもいいものだと思った。


「楽しいと思ったものを、楽しいと他の人に伝えられるのは、神の所業に等しいもの、なんだそうですよ」

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