第25話 悪い笑顔
それからみんな、競うようにルールブックを読むようになった。
どんなキャラクターを作るか。どんなデータを採用するか。
種族と職業の組み合わせは、有効な特技の組み合わせは、装備のバリエーションは、調べて考えて、想像力をふくらませる。
ときには僕に質問してきたり。おもに王子が。
「聞いていいか?
この武器、こういうデメリットがあるが、この特技を使った場合は……」
「あ、はい。デメリットを無視することができます」
「やっぱりそうか! いや見比べていてもしやと思ったんだが、そうかそういうことしていいのなら可能性が広がるな!」
王子はうきうきとして、キャラクターの案を練っている。
楽しそうだけどお仕事大丈夫なのかな? ここ厨房で僕はイモの皮むきの途中なんだけど?
あ、ほら、王子の背後に料理長が立って……
「まーたこのバカチン王子は公務サボって! ガキンチョのころからやること変わってないね!
そんなんだったらお夕飯はまたアタシ特製の好き嫌い撲滅メニューにするよ!」
「おいおい勘弁してくれ料理長、俺はもうニガニンジンもムラサキキュウリも食べられるぞ。
その、細かく切って煮込んであれば」
王子、昔から知ってる料理長にはタジタジらしい。
ちなみに料理長は、大臣の奥さんなんだそうだ。
ところで単語の翻訳は、女神様の加護がなんかいい感じに意訳してくれてるらしい。
今むいているイモは、シンプルに「ジャガイモ」って翻訳されてる。
そして、待ちに待った次のセッション。
ゲームマスターは、僕。
「……はい。大丈夫です。
全員のキャラクターシート、計算ミスや特技の取得条件未達成などの不備はありません。
このまま、遊べます」
全員が、わっと喜んだ。
王子、大臣、兵士長、メイドさん、女神様、神官さん(見学)。
みんな、それぞれに工夫を凝らしたキャラクターデータを組んできた。
王子は装備や特技をうまく組み合わせてデメリットを打ち消し、高いスペックを安定して発揮する攻撃的なキャラ。
大臣は逆にデメリット上等で最大ダメージを突き詰めた、ロマン重視の超攻撃的キャラ。
兵士長はサンプルキャラクターでも愛用していた重戦士をベースに、より防御力と味方のカバーリングを重視した防御寄りのキャラ。
メイドさんはシンプルな軽戦士をベースに、使用回数が限られるけれど強力な特技を詰め込んだ、いざというときの切り札的なキャラ。
そして女神様は、単独での戦闘能力を切り捨てて味方の能力を補助する特技が満載の、サポート特化のキャラ。
総じて、それぞれの個性が出た、サンプルキャラクターよりもとがった性能のキャラクターだ。
「……これなら」
内心、にやりとしてしまう。
今回のセッションに備えて、僕は敵キャラのパターンを何通りか用意してきた。
キャラクター作成の相談内容からどんなキャラを作るのか予想しつつ、その個性を活かせる当て馬としてどんな敵キャラを出せばよいか。
適度に歯応えを感じさせつつ、気持ちよく勝ってもらうための順当な強さを持った敵キャラはどれがいいか。
今、完成したキャラクターシートをながめて、確信した。
――用意した敵データの、一番強いヤツをぶつけられる。
王子がふふんと、声をかけてきた。
「悪い顔をしているな、ゲームマスター」
「あれ、顔に出てました?」
えへへとごまかし笑いをする。
王子は笑って返した。
「なに、俺たちも似たようなものだろう」
「そうですぞ! 王子の顔、完全に悪だくみのときの顔ですぞ!」
大臣が話に乗っかった。
横でメイドさんが、ほっとしたような顔で発言した。
「あんまり強いキャラクターを作ると、ゲームマスターが困るんじゃないかって心配してたんです。
でも表情を見て、なんというか、安心しました」
「それは」
なんとなく、意地悪な聞き方をしてみた。
「メイドさん、僕を困らせられるほど強いキャラクターを作った自信がある?」
「あっいえ! そんなことは!
えっと、あの……ちょっとだけ、すごいキャラを作ったって気持ちは、はい、あります……」
縮こまるメイドさんに、兵士長や女神様が歯を見せて笑いかけた。
あ、この感じ。
異世界に来た僕を気遣って優しく笑ってくれたときとも違う、いたずらの相談でもするような悪い笑い方。
そういえば、こんな笑い方だった気がする。
TRPGを楽しむ元の世界の人たち、自分のキャラの見せ場で興奮して早口になったり、ダイスの出目に翻弄されて爆笑したり、ルールブックのデータや設定を語り合ったりしてた、あのときの顔。
なごやかな笑い方じゃなく、なんならちょっと荒っぽいような、悪友のような感じ。
あの笑い方が、ここにあった。
――ああ。TRPGのプレイヤーに、なってるんだな、みんな。
しばらく口をつぐんでいた僕に、王子が声をかけた。
「さて、そろそろゲームを始めないか?
俺はもう、自分のキャラクターを試したくてうずうずしているぞ」
「本官も楽しみであります!
ハンカチ三枚用意してきたであります!」
「泣く前提でただの見学に来てるの、なんかもう見上げたヤツじゃ」
うながされて、僕はうなずいた。
シナリオを記した紙を手に取る。みんな背筋を伸ばす。
みんなの期待感と押し合うように、僕は悪い笑顔をして、オープニングを読み上げた。
「剣と魔法がきらめく大陸。
混沌うねる大地はしかし、あまねく希望をその背に宿す。
本日語るはそんな世界のほんの一幕、狂気に染まりし魔獣使いの物語。
その始まりは愛なれど、血に濡れる目はもはや獣と変わりなく。
剣を取れ勇者たちよ。
――シナリオ『血風の牙は月光に消ゆ』。ここに開幕」
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