第41話 小さな国の女神様

 キャンペーン最終話のシナリオを考えながら、日々は過ぎていく。

 料理やお掃除の手伝いをしつつ、みんなと話して、レベルアップの相談を受けたり。


 そんな中で、僕は。


「女神様」


 声をかけられた女神様は、リスみたいにほっぺをふくらませた状態で顔を上げた。

 食堂。おやつの時間だった。


「このあと相談、いいですか? キャンペーンのことで」


「お、この身か? 構わんぞ。

 内緒話なら、ここじゃなくて備品室の方がよいかの」


 女神様は残った焼き菓子をもっしゃもっしゃと平らげて、ぴょこりと椅子から降りて立って、僕と連れ立って歩いた。

 お皿を片づけたりするメイドさんとぺこりと会釈しあって見送られながら、TRPGの本などが置いてある部屋へと移動した。


「で、相談とはなんじゃ? あれか、大臣みたいにこの身にも特別な役割をやってもらおうという腹か、最終話なんていう晴れの舞台で」


 椅子のひとつにどっかと座って、にっかにっか笑って、へらへらと女神様は言った。

 ドアをきちんと閉めたことを確認して、僕は切り出した。


「女神様。僕の気のせいならいいんですけど。

 こないだのセッションの最後。王子の魔法の演出で、みんなが虹の勇者だってやったとき。

 なんというか、思いつめたような顔をしてませんでしたか?」


 女神様は、ぎくりしたような顔をした。

 それから、一拍置いて、にたりと笑ってみせた。


「おぬし、よく見ておるのう。

 ゲームマスターやっとると、それだけ観察力がつくということかの?」


「まあ、観察力はあるに越したことはありませんが」


 あのとき。

 王子の魔法で光らせた左手を、みんな思い思いの表情で――だいたいは高鳴るような、わくわくするような――見ていた。

 けれど女神様だけは、いとおしみつつも胸に痛みをかかえているような、そんな表情に見えたのだ。


 女神様はひらひらと手を振った。


「別にたいしたことじゃないのじゃよ。

 ただ前にも話したように、怖気づいてしまうのじゃ。現実にこの世界の遠い場所に魔王がいて、それに対して何もできんこの身が、こうしてゲームの中で魔王退治の勇者なんてやってることにの」


 ふっと、遠い目をして、笑った。


「この国は平和じゃ。それは王だったり王子だったり大臣だったりが、とっても優秀だからじゃ。普段あんなんじゃけどな。

 じゃからこの身がたいした加護を与えられんでも、この国はきちんと存続しておる。きっと、この身がおらんくてもな」


 だらりと、椅子の背もたれによりかかって。


「じゃからな。何やってるんじゃろうって、思ってしまうんじゃよ。

 テーブルの上で魔王退治ごっこをやってるこの身は、この国やこの世界にとって、なんの役に立っとるんじゃろうと」


「それは」


 反射的に、声を上げていた。

 女神様が面食らったような顔を向けたのは、たぶん僕の表情が、僕の思っている以上に真剣なものだったんだと思う。

 僕は一瞬だけどうしようか迷って、けれどそのままの勢いで距離を詰めて、言った。


「僕が、ここにいます」


 女神様は、ぱちくりと僕を見上げた。

 僕は考え考え、言葉をどんどん、つむいでいった。


「女神様が、僕を呼んでくれました。ここに。

 それでTRPGやって、みんな楽しくて、僕もたくさん感謝されました。

 それは、女神様の功績じゃないんですか。

 僕がここでやってきたことは、女神様にとって、誇れることじゃないんですか」


 楽しいものを、楽しいと伝えられるのは、神の所業に等しいこと。

 そう言ってくれたのは、女神様自身だ。


 女神様は僕を見上げて、目をぱちくりさせて、それからふっと笑った。


「そうじゃな。すまんの。

 この身が弱気になってたら、おぬしにも悪いのう」


 そうして顔をテーブルに向けて、積み上げられたルールブックを見つめた。


「実際、おぬしとTRPGを呼び寄せられて、よかったのじゃ。

 王子たちが満足してこの身の信仰の力も増しておるし、純粋に、楽しいのじゃ。

 ずっと見ていて、この身も一緒にやりたいと思うほどにのう」


 指先で、ルールブックをなでた。


「ああ。ずっと見ておった。

 ドラゴン退治の話も、へっぽこ盗賊団の話も、竜封じの力を宿した少年の話も。

 あの楽しそうなみんなの様子を見て、よかったって、思ったんじゃ」


 そのときの女神様の微笑みは、いとおしそうだった。


 しばらく、そうして間を置いて。

 女神様は、ぴょこんと椅子を飛び降りた。


「すまんな! 変に心配かけてしまったのじゃ。

 セッションは間違いなく楽しんどるし最終話も楽しみにしておるから、問題ないのじゃ!」


 にっかと笑って、ずんずんとドアに進んだ。

 そうしてドアを開けると、外にメイドさんがいて、メイドさんは飛び上がった。


「あっひゃっすみません!? あの、お飲み物とか何かお持ちした方がいいのかなとか、立ち聞きするつもりとか全然なくて、二人きりで何を話してるんだろうとか全然思ってなくて、その、なんの他意もありませんので!?」


 しどろもどろのメイドさんを、女神様はきょとんと見上げた。


「ん、そうか? そういえば菓子を食べてから茶を飲んでおらんかったの。

 それじゃあすまんが、お茶をいただくとするのじゃ」


「はいっ、すぐ準備しますので!」


 メイドさんはすぐに動きかけて、はたと立ち止まって僕に会釈して、急いで廊下を歩いていって、女神様もそれを追いかけていった。

 備品室には、僕一人が残った。


 ひとつ、胸の中に熱が残る。

 女神様が、あんな気持ちをかかえていたというのなら。


 僕はTRPGのプロじゃない。デザイナーでもない。ベテランですら、多分ない。

 けれどここにいるのは僕だ。他の誰でもない僕。

 だから、僕ができることを、やりたいと思う。

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