第10話 イヌホオズキ
「この飴まずい」
チャップチュッパのプリン味を舐める井上水流。雑用係になった夜岡の鞄の中には大量のチャップチュッパが詰め込まれている。
「す、すみません」
「まぁいいけど。次から気をつけて」
夜岡と水流は香里奈の家を訪れていた。香里奈の部屋は、想像よりも女子の部屋を成していなかった。
当時のままだと言うが、ものがほとんどなく、漫画もなければ好きなアイドルの写真もない。男の子っぽいと昔から言われていた夜岡さえも少女漫画の1冊や2冊は持っていた。
「おじさん、質問いいかな」
「うん。何でしょうか」
井上水流は部屋の角を指差した。夜岡と石崎徹は指の先を見る。でも角は角。本当に角しか無かった。
「この部屋は、石崎香里奈がいなくなった当時の部屋のままなのに、なんで監視カメラが外されているの?」
チャップチュッパを舐め終わったゴミを夜岡に渡した井上水流の目。夜岡は、目を凝らしてよく見るが監視カメラが設置してあった形跡など見つからない。
しかし石崎徹は水流の言葉を認めた。
「監視カメラは、香里奈を監視するためではありません。この家は昔泥棒に入られて数億円の絵画が盗まれました」
そのニュースは確かに昔報道されていた。犯人は見つかったのたが、すでに海外に売り飛ばされていて見つかっていない。
「なるほど。この部屋に来るまでに監視カメラを6台見つけました。子どもの部屋にまで監視カメラを設置するのはどうかと思うんだけど」
井上水流は夜岡に手を出す。チャップチュッパのソーダ味を渡す。ソーダ味にはハズレは存在しない。夜岡も気になったことを聞いた。
「では、石崎香里奈がいなくなったその日のカメラの映像は何が映っていたんですか?」
石崎徹は困ったように下を向いた。
「水流さんの言う通り、子どものプライバシーは大切です。香里奈の友だちが来る日は、香里奈の部屋の監視カメラは切っているんです」
「じゃその日、家に来たその人は誰ですか?」
「香里奈の友だちの【青木徹也】くんです」
井上水流は、目を細めて一点を見つめながら指を噛む。何かを考えている。きっとここで起こったことを想像しているのだろう。
・・・・
石崎家を出た帰り道。夜岡は助手席に水流を乗せて車を運転していた。水流は、夜岡がまとめたタブレットの情報を見ていく。
「夜岡さん。香里奈は誘拐だと思う?」
「誘拐だと思います。青木徹也がその部屋に入ったとき、すでに香里奈は家にはいなかった。部屋から出た形跡はなく、窓が開いていた。さらに部屋に転がっていた睡眠薬。その睡眠薬には石崎香里奈と犯人の指紋検出無し」
私が思うに、と夜岡は続ける。
「犯人は香里奈のいる2階の部屋に忍び込み睡眠薬を飲ませる。そして2階から石崎香里奈を抱えて運ぶ。そして車に乗せて連れ去る。その後、家に来た青木徹也が、石崎香里奈のいないことに気付く。とかいうところですね」
井上水流はニコッと笑う。
「じゃ石崎香里奈の遺書は」
それが問題だった。
「警察の調査通り、石崎香里奈が書いたもので間違いないと思います。誘拐犯が自殺に見せるために脅して書かせた...とかなんですかね」
「うん。確かにあれは香里奈自身が書いたもので間違いない。【そう信じてくれてよかった】。この問題、今後深入りすると危険かも。遺書と睡眠薬。そして青木哲也」
夜岡はビクッとする。井上水流はどこまで気づけたのだろうか。
「夜岡さんは、あの壁の凹みを見た?」
その凹みとは、石崎香里奈の部屋の壁にあったものだろう。飾ってある絵画を退けたところにあった。
「あの凹みは何をぶつけてできた凹みだと思う?」
夜岡は悩んで首を横に振る。その凹みは一切傷がなかった。おそらく角のないボールのようなものをぶつけたのだろう。しかし香里奈の部屋からは、それらしいものは見つからなかった。
「香里奈の部屋のものでは無い。香里奈当人のものだよ」
夜岡は、はっとなって井上水流を見つめる。井上水流は首を縦に振った。
「相当思いっきりぶつけないと出来ないですよね」
「だから、思いっきりぶつけたんでしょう」
井上水流は言った。
「本当は嫌だけど香里奈の学校に行こう。それ以上の証拠があるはずだ」
謎は深まるばかりだった。虐待からの家出、虐待からの行き過ぎた殺害、睡眠薬から考えられる誘拐、遺書を書いたタイミング。青木哲也の目的。
水流に色々聞きたいことがあったが、助手席の水流は気づくと寝息を立てて寝てしまっていた。
「やっぱり子どもですね」
夜岡は音楽をロックからクラシックに変更して、信号を確認して再度車を走らせた。
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