第6話 ゼラニウム

「糸原先生の家に泊まってもいいですか?」


糸原はその答えを…


「ごめんなさい」


鈴木先生は糸原の言葉を聞いて、背中からゆっくりと降りた。「別に酔っている訳では無いですよ」と一言。鈴木先生は背中から降りて服を整える。


「なんか変なこと言ってごめんなさい」


「とんでもないです。すみません」


「ちなみに、糸原先生には彼女とかいるんですか?」


「いません」


この3ヶ月程、糸原は鈴木先生からのアピールを少しずつ感じ取っていた。でも予想よりも【早すぎた】。糸原は、発すべき言葉を鈴木先生の【心理から導き出していく】。


落ち込んでいる鈴木先生の様子を見て、糸原は「振ったわけじゃないですよ」と言う。


「でも今度二人でどこか行きませんか?」


なんとなく【家に行くことが早い】ことが伝わったのだろうか。鈴木先生のパッとわかりやすい笑顔を見て、伝わったことを確信する。


「え、行きましょう。ぜひ行きましょう」


「だけどお酒はやめましょう」


「え、やっぱり今日私凄かったですか?」


「服脱ごうとしてました」


笑う糸原と、トマトみたいに頬を赤くする鈴木先生。本当に【扱いやすい】先生だと思った。


・・・・


アパートに着く頃には25時を回っていた。糸原は階段で3階に上がる。部屋の広さの割りには家賃はかなり安い。エレベーターが無いのと、外壁の大きなひび割れ、そして点灯点滅を繰り返す蛍光灯。それが理由で家賃が安いのだろう。


静まり返るアパートに鍵の音が響き渡る。糸原は真っ暗な部屋に向かって「ただいま」と言った。当然返事は【返ってこない】。


台所を見ると皿が綺麗に洗って並べてある。その様子に満足すると、糸原はコンビニで買ってきたチョコレートアイスを【二つ】冷凍庫に入れた。


・・・・


「糸原先生、鈴木先生大丈夫でしたか?」


「いえいえ、大丈夫でしたよ」


月曜日の朝礼後。保健室の安本先生が話しかけてきた。


「鈴木先生何も覚えてないんですって。笑っちゃうよね」


二人で鈴木先生の方を見る。他の先生から距離を取られていると思うのは気の所為だろうか。糸原は苦笑いを浮かべると【自然な感じ】で聞いた。


「そうだ。一つだけ教えて欲しいことがあるのですがいいでしょうか?石崎香里奈の件についてなんですけど」


保健室の先生の表情が分かりやすく急変する。そして気づかれまいと笑顔を繕う。糸原は見逃さなかったが、やはり石崎香里奈について何か知っているのだろう。


1つ、確かなことを言えば安本先生は【安全】だ。


「分かりました」


保健室の先生は周りを見渡して小声で言う。糸原が聞きたいことも理解しているようだった。


石崎香里奈ファイルに1文字も書かれていない文言。糸原は小声ながらはっきりと言った。


「石崎香里奈は【虐待】を受けていた。その可能性が極めて高いですよね」


安本先生はゆっくり首を縦に振った。



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