第5話 アルストロメリア
学校にだんだんと慣れてきた7月の初夏。
糸原は、鈴木先生(2年2組担任英語担当)と南野先生(2年1組担任体育担当)と海鮮居酒屋店に来た。
「新しく赴任しました糸原と」
「鈴木です」
「よろしくお願いします。本当そちらの学校にはお世話になっています。特に校長に気に入れられて本当に有難い話です」
糸原たちは個室に案内される。綺麗に小皿と箸が人数分用意されている。
校長や教頭の席など既に席が決められており、糸原は鈴木先生と離れる形となった。
「えー、糸原先生の隣がよかった。私、まだ他の先生とあまり話せないのに」
「まぁいいじゃないですか。この機会を【上手く活用】しましょう」
鈴木先生は、子どもっぽいことを言いながらも拒否せずに自分の席に座る。南野先生は糸原の右隣に座る。
「ではごゆっくり」
店員がゆっくりと襖を閉める。瞬間、店員の目が合う。その人はニコリとして頭を下げた。その人も笑顔を【つくる】のが得意だった。
・・・・
「で、どうですぅかぁ?糸原先生のクラスは」
酔っ払った教頭。ちなみにまだハゲてはいない。糸原は、教頭のコップにお酒を注ぎながらニコリと笑って答えた。
「みんないい子たちですよ」
「そうかそうかぁ。そうだよなぁ。それもこれも去年見ていた金森先生の教育の賜物だなぁ」
教頭は斜め前、つまりは糸原の前に座る金森先生に話しかける。金森先生は糸原の酒瓶を貰い、糸原のグラスに注ぐ。
「ありがとうございます。金森先生も飲みますか?」
「いやいや、私はお酒が【飲めないもので】。だからみんなの酒注ぎ係なんですよ。こういうの慣れてますから」
金森は【お酒が飲めない】のではなく【飲まない】のだろう。少し離れたところでは鈴木先生が酔って服を脱ごうとしているのを必死に止められている。
…大丈夫か。
「しかし、教頭の言うことは本当ですよ。金森先生の教育のおかげで私は困ること何一つないですよ」
「そう言われると私も照れますね。ありがとうございます。石崎さんが早く見つかればいいのですが」
金森先生はさらに糸原にお酒を勧める。糸原はお酒に強いので基本潰れる前に相手を潰してしまう。糸原はニコリと笑ってお酒を受け取った。
・・・・
「大丈夫ですか?」
「あったりまえよぉ!糸原、早く送っていけぇ」
糸原は鈴木先生を引っ張ってタクシーに乗せる。鈴木先生はタクシーに乗るとすぐに眠り始めた。今日のことは覚えてないだろうなと苦笑いする。
女性と二人でいるという展開は、ドキドキするものだが、胸の鼓動は早くはならない。
糸原は急遽鈴木先生を送ることになった。というのも、鈴木先生を送ることに立候補する人が誰一人としてでなかった。確実に鈴木先生を酔わせてはいけない。誰しもがそれを感じた日になった。
鈴木先生は何も覚えていないだろうが、月曜日の朝は痛い視線を浴びることに違いない。
目的地に着いても鈴木先生は起きそうになかった。「おつりはいらないです」と言い3000円を置くと鈴木先生を引っ張り外に出る。困った挙句、周囲の目線がないことを確認して鈴木先生を背負う。
鈴木先生は、確か独身で一人暮らしだと言っていた。ちなみに糸原も独身である。だからといい、特に意味は…
「糸原先生」
背負った衝撃で目が覚めてしまったのだろうか。酔っていたときのテンションとは違い、落ち着いている。鈴木先生は糸原の耳元で静かに囁いた。
「今夜、糸原先生の家に泊まってもいいですか」
糸原は思った。
やっぱり鈴木先生は酔わせてはいけない。
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