第8話 アキノキリンソウ

「誘拐事件ではなく、自殺の方向性で再調査ですか。なんでそんなに急に」


9月、糸原は校長室に呼ばれた。


「先月、石崎さんの自宅の机から自殺をほのめかす文章が見つかったそうだ」


校長から渡された書類には「私を探さないでください。生きることが辛くなりました。死にます」と書かれている紙の写真。その字は確実に香里奈のものだった。


「だとしたら自殺の理由は何でしょうか」


「うん。いじめの可能性だと考えている。いじめというものは年々発見が難しくなっている。去年の小中高特別支援の合計件数は約63万件が報告されている。それも10年前の9倍だ。原因はSNSで...」


校長先生は、話の路線をずらしていく。犯人が香里奈の家周辺の防犯カメラから見つかっていないことも理由になっているという。


いじめの可能性。校長の言う通り、陰湿ないじめは、SNSの普及により増加傾向にある。そして、年々いじめの発見は難しくなっている。


虐待の可能性があることは校長も知っているはずだった。しかし、それを言おうとしない。


「そうですか。警察の再調査の件は承知しました。あと、1度でいいので石崎さんの保護者と話すことはできますでしょうか」


糸原は1度も香里奈の親と話せていない。校長はハゲた頭を触る。困ったときにやる癖だ。


「うーん、難しいかもしれませんね。石崎徹さんはとても忙しい方なので。ですが1つ。警察の捜査を打ち切って探偵に頼むと話していました」


「探偵ですか」


糸原は、全てが【計画通り】に進んでいることに心の中で笑った。


・・・・・


「なんという話でしたか」


「香里奈さんは、いじめによる自殺である可能性が高いと警察は判断したらしいです。それに対して、父親が警察の捜査を打ち切って探偵に依頼するとのことでした」


「誘拐犯に繋がる手がかりが、何一つ掴めなかったんですね」


「1年間ぐらい捜査しても出てこなかったらそうなりますよね」


鈴木先生は成績表を打ちながら聞いてくる。成績表締切まで1ヶ月の余裕あるが、糸原もそろそろ動き出した方がいいと焦る。


「私も話を聞いた当初はいじめだと言いましたが、自殺なんですかね。糸原先生のクラスに虐める人なんていなさそうですし」


「ですよね。私もいじめの可能性は低いと思ってます」


糸原は水筒に入れたお茶を飲む。細かい茶葉の苦味を感じながらパソコンをたちあげる。


「私にも何かできることあったら手伝いますよ」


鈴木先生はニコリと笑う。嘘偽りの無い笑顔。学校の生徒からは、数ヶ月間で絶大な人気を獲得している。酔った鈴木先生を生徒に見せてあげたいものだ。


しかし、酔っても生徒の文句ひとつ言わない鈴木先生は本当に素晴らしい先生なのだろう。


「ありがとうございます。困ったときは頼ります。あと、この前言っていた件ですけど」


「覚えていてくれたんですね?どこ行きます?」


糸原には彼女がいた事もあるが、結局関係がぎくしゃくして別れてしまった。


凄い嬉しそうな鈴木先生。子どもみたいなキラキラした目で見られてはこちらが辛い。


「逆にどこ行きたいですか?」


「私が決めていいんですか?そしたら鴨川の水族館行きたいです。私シャチが好きなんですよ」


「いいですね。どこか行くのですか?」


パソコンを挟んだ向こう側の席から話しかけられる。体格の大きい2年1組、兼体育専科の南野先生だった。


ある程度【予想】はしていたが、きっかけが南野先生だとは思わなかった。


「鈴木先生と水族館に行く予定を立てました」


鈴木先生はまずいという表情で糸原の方を見る。付き合っている訳では無いが、そういうことは教師であるならば避けるべきだ。


だから言った。いや、元々【誘うつもりだった】


「南野先生も一緒にどうですか?」


「え、いいんですか?」


南野先生の表情は少し驚いている様子だった。糸原の方から誘われることを予想していなかったのだろう。


「そしたらいっその事、暇な先生誘いません?例えば…」


南野先生は周りを見渡した。そして明らかに暇な人を1人見つけた。その人は椅子の背もたれに寄りかかり天井を見つめている。先程まで保護者対応で相当責められていたらしい。魂が抜けている。


「金森先生。一緒に水族館行きませんか?」


南野先生は、【予め計画されているか】のように金森先生を呼んだ。


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