第1話 ヒマワリ

「おはようございます」


「おはようございます」


糸原は隣を歩く生徒に挨拶をする。生徒は、糸原の顔をまじまじと見つめた。後ろから生徒たちの会話が聞こえた。


「もしかして、新しい先生?」


「えっ!?なんかかっこいいね」


4月1日。普段は硬いコンクリートの地面も、柔らかなピンクの絨毯に変わっている。糸原は、桜舞う春の匂いに包まれながら学校の校門をくぐった。


糸原は今日から先生になる。


・・・・


「今日からこの学校で働く、糸原雅之(いとはらまさゆき)です」


壇上からの景色。生徒たちは、小さなアリの大群のようだった。


糸原は、2年3組の担任を勤めることになっている。科目は全学年の数学を任されている。


2年3組の生徒たちを壇上から見る。一人一人の顔はハッキリと見えないが、皆良い姿勢で糸原を見る。


続いて隣の女性教師の鈴木先生が挨拶をした。その人は大卒(22歳)で教師になった。ちなみに糸原は24歳である。彼女は2年2組の担任だ。


「続いては担任の先生を発表します」


生徒たちがざわつき始める。担任発表は、その一年を決める重要な事だと思う。だからこそ教師たちも責任感を持って生徒たちを育てなければならない。


「2年3組、糸原先生」


2年3組がざわつく。生徒たちはどういう想いで糸原を見ているのだろうか。糸原は笑顔を作る。


(目的と責任は別に考えないとな)


こうして糸原の担任生活が始まった。


・・・・


昨日までは、がら空きだった教室も、生徒たちが座り、賑やかさを増す。


「ということで、今日からみなさんの担任になる糸原です。よろしくお願いします」


「「お願いします」」


生徒たちは良い姿勢で視線を向ける。しっかりとした人に育てられるかが不安ではあるが、全力を尽くすつもりである。


糸原は手紙を配り始める。1番前の生徒が「ありがとうございます」と言って受け取る。非常にしっかりとした生徒である。


「先生」


窓側の後ろから2番目の生徒。糸原は手紙を配る手を止める。


「どうしましたか?」


「石崎さんのは配りますか?」


紙を折る生徒全員の手が止まる。この状況を予感していたが、急な空気の変化に驚愕する。


生徒たちは糸原の言葉を待っていた。


「置いておいてください」


その返答に生徒全員の目が丸くなる。それもそのはずだ。その生徒は【来るわけが無い】。


「は、はい」


その生徒は手紙を丁寧に折り、後ろの席の上に置いた。生徒たちは再度手を動かして手紙を受け渡し始める。


「先生」


今度は別の方向から聞こえる女子生徒の声。名前は石井悠里(いしいゆうり)。非常に優秀な生徒で、生徒会に所属している。昨年の担任からの引き継ぎの際も「学級づくりのときは悠里にだいぶ助けられた」と言っていた。


「なんですか?」


若干言葉につまるような仕草をする石井。でも石井は話さなくてはならないと判断した。


「糸原先生は石崎さんのことは分かっているのですか?」


今度は生徒の呼吸の音すら聞こえなくなる。糸原の指と紙が擦れる音が、教室に静かに溶けていく。


「全て知っています」


そしてニコリと笑顔を見せた。この時、糸原への視線は誰一人として笑っていなかった。

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