第38話 エピローグ2

石崎徹の逮捕から約3ヶ月が経過した。


糸原は探偵事務所の処理作業を終わらせて家へ帰った。ドアを開けるといい匂いが漂ってくる。


「糸原先生、おかえり」


「ただいま、月葵」


月葵が迎えてくれる。月葵は3年生から中学校に戻った。


石崎香里奈は糸原月葵として生きていくことを決めた。犯罪者の娘としてのレッテル付けを回避するためでもあった。学校でも「るなちゃん」と呼ばれているらしい。


月葵と生活することは母からのお願いだった。母が精神的な病で入院をしていることもあり、週に何回か糸原の所で生活している。


「カレー作るの大変だったでしょ」


「ううん。今日は特別だよ。お客さん来てるし」


「お客さん!?勝手に入れるなと言ったのに」


「大丈夫だよ。よく知ってる人だから」


月葵は糸原の背中を押してリビングへ連れていく。ソファーに腰掛けている女性と目が合う。


「糸原先生、じゃなかった。糸原さん久しぶりです」


「鈴木先生、お久しぶりです」


その女性は、月葵の担任でもある鈴木先生だった。


・・・・


「…」


「…」


お互い気まずくなり言葉が詰まる。糸原は学校を辞めて以降3ヶ月間連絡を取っていなかった。詳しく言えば鈴木先生からの連絡を無視していた。


「カレー作るのに鈴木先生が手伝ってくれたんです」


「そうなんですか。ありがとうございます」


「いえいえ」


月葵がカレーをテーブルの上に置く。糸原はカレーを口に入れる。


「美味しい」


「よかったです」


鈴木先生を無視していた理由。それは鈴木先生を騙していたからだった。それが申し訳ないと思い、連絡を絶っていた。


「糸原さんは気付いていたんですよね。私と校長、石崎徹が関係していることに」


「それは…」


鈴木先生も石崎徹側の関係者だったというのは事実である。糸原は出会う前から知っていた。


香里奈が行方不明になってから突如学校にやってきた糸原を校長は怪しんだ。鈴木は糸原の監視役として学校に呼ばれた。


「気付いていました。でも鈴木先生は月葵の虐待や売春の事実は知らなかったですし、月葵の居場所を言わなかったので」


鈴木先生は子どもが好きで教員を目指した。しかし教員採用試験には1次で落選。単純に学力が足りていなかった。


その頃、香里奈失踪事件が起こる。石崎徹は上の方から叱責され、香里奈を探し出すように命じる。


さらに突如やってきた糸原を監視するように校長に命令。しかし校長は業務も多く、近くで監視できる人を探していた。


鈴木先生を選考させることを交換条件に糸原を監視するように頼んだ。


「でもなんで私に月葵さんを預けたんですか?私が月葵さんの居場所を校長に話していたらどうしたんですか?」


「鈴木先生の人間性に賭けました」


鈴木先生は心の底から子どものことが好きだった。飲み会の席や、真剣に生徒対応している姿を見て賭けてみた。


最初から真実を告げていればスムーズに事は運んだかもしれない。でも糸原は鈴木を100%信じることはできなかった。賭けるに値する自信はあったが、信じ切ることができなかった。


「私の人間性ですか。私も糸原さんを信じていました。なのに、なんで連絡を無視するんですか」


「すみません」


「まぁ学校で月葵さんから糸原先生のことは聞いていましたけどね」


自然に笑顔を表現出来る鈴木先生が羨ましかった。


「あと糸原さん、1人で抱え込まないでください。私に協力できることがあったら何でも言ってください。糸原さんの探偵力は聞いていますが、1人で解決できないこともたくさんあると思います」


確かに糸原は多くのことを抱え込んでいた。伊藤陽葵の事件の真相解明のために1人で行動をしてきた。でも陽葵1人のためだけに関係ない人を巻き込んでいいのだろうか。


「でしたら鈴木先生、一つだけ教えて欲しいことがあります」


「はい。答えられることならば答えます」


伊藤陽葵に繋がる人物。糸原は鈴木に聞いた。


「鈴木先生のクラスを昨年受け持っていた担任の連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか」


糸原と鈴木が学校に来るタイミングで異動になった先生が1人だけいた。その先生は校長や金森、石崎徹と関係がある。しかし、3人からその人の名前が一切でてこなかった。


その人は、まだ見つかっていない。


「分かりました」


鈴木は連絡先を糸原に送った。


糸原の次なる調査が始まる。

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