第20話 ウイキョウ

糸原が誘拐犯として疑われているのは確実だった。糸原がミスをしたという訳では無い。


探偵としての感なのだろう。水流の雑用係夜岡に鍵を見せた時、疑われていることを確信した。


自身のロッカーに隠しカメラを仕掛けていたのが正解だったらしい。探しているものが定かではなかったが、鍵であることは予想ができた。


その日、糸原は帰りのコンビニでチョコレートアイスを【一つだけ】買って帰った。


・・・・


水流が来て3週間が経過した。その間、水流の動きはなかった。糸原は、誘拐犯の疑いが晴れたと認識していた。


「おはようございます」


「おはようございます」


その日も学校が始まった。糸原は全員の顔を見て微笑む。後ろの方では青木がいつものように漫画を読んでおり、水流は糸原をじっと見つめる。水流と目を合わせると何かを悟られそうなので目を逸らす。


「今日は1時間目に体育があります。今日は体育の南野先生が出張なので、私が体育を担当します」


嫌がる生徒と喜ぶ生徒。糸原は、数学の他にも体育と理科の教員免許を取得している。体育ではサッカーを頼まれていた。


「水流さんは学校の体操服を持っていないので家から持ってきた運動服でいいです。では着替えて10分後にグラウンド集合で」


糸原は出席簿を持って教室を出る。職員室に戻ると校長と夜岡が何やら話している。話の内容を知りたかったが、糸原も急がなければならなかった。


糸原は、運動服に着替えるために、ポケットの中に入っていた鍵を机の中にしまった。


・・・・


それがそもそも失敗だった。


放課後、糸原は机の中を開けて鍵をポケットの中にしまおうとする。だが、その手を止めた。


何者かに鍵を触られた形跡があった。


「鈴木先生、私の机の中開きましたか?」


「いいえ。開いてないですよ」


鈴木先生は首を傾げて答える。糸原は机の中に置いてある鍵を動かさずにじっと見つめる。


「ごめん、糸原先生。ちょっと見たい書類があって開けたの私です」


校長先生が話しかけてくる。どうして断りを入れなかったのだろうか。糸原は勘づかれないように平然を装う。


「そうなんですね。鍵触りました?」


「いや、鍵入っているのは分かっていたけど触ってはないよ」


「そうですか」


糸原はニコリと笑ってその鍵を取るとポケットの中にしまう。


「大丈夫ですか」


鈴木先生が小さい声で話しかけてくる。


「大丈夫です」


糸原は水流からの疑いが晴れたと勘違いしていた。奥の方にしまっていた鍵の場所が右に2cm、上に3cmズレていた。上下の動きなどは机の開閉でズレることがあるが、右にズレることは何者かが触ったということである。また机の中には鍵しか入っていない。


机の中を開いて、明らかに鍵しかなかった場合、その鍵を触ることがあるだろうか。校長が探し物をしていて、机の中を開いたことは事実である。しかし、校長は鍵を触っていないと言った。


全ては朝から計算されていたのかもしれない。体育の南野先生の出張、任される糸原、机の中に鍵をしまう、その鍵を誰かが取る、家のドアを開ける、中に入り込む。そこで・・・


糸原は笑ってしまう。そこまで水流は本気であること、糸原を疑っていること。


でも、


(まぁそれも僕の計算内なんだけどね)


糸原は、何事もないかのようにパソコンを立ち上げた。

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