第3話 アステリスカス
「思った以上に疲れきますね」
放課後の職員室。新任女性教師の鈴木冬美(すずきふゆみ)が背伸びをする。机の中からチョコレート菓子を出すと糸原の机上に置いた。微かな香水の匂い。糸原は嫌いじゃないなと思った。
「チョコレート嫌いでした?」
「いやいや、好きですよ。ありがとうございます」
チョコレートの小包を開けて口に入れ、舌で転がす。口の中に広がるチョコの香り。チョコはだんだん小さくなり完全に消えてなくなった。糸原は口直しのためお茶を少し飲んだ。
「や、や、やっぱり嫌いでした?」
「いやいやいやいや、嫌いじゃないです」
糸原はパソコンの画面に反射した自分の顔を見る。その顔は自分でも驚くほど険しい表情をしていた。
「いや、考えごとです」
「初日から何か問題ですか?先が思いやられますよ」
糸原は校長から預かった資料の1枚を鈴木先生に渡す。例の石崎香里奈の件だ。
「私も軽く聞きました。石崎さんは本当に誘拐なのでしょうか」
「えっ?鈴木先生はなんだと思いますか?」
鈴木先生に他の資料を見せる。鈴木先生はパラパラとその資料を見ていく。
「自殺、じゃないですか」
鈴木先生が開いたのは生徒全員との個人面談の内容である。石崎香里奈が行方不明になってから心のケアのために、一人一人と面談をしたという内容だ。
「これ、面談をした先生が担任教師というところから間違ってるんですよね。担任の生徒に対する主観的な感情がこの文面に入っています」
「なるほど」
糸原と鈴木先生は金森先生の方を見る。金森先生は電話越しにペコペコ頭を下げている。初日から何をしたんだ。
「そしたら、自殺の原因はなんだと思いますか?」
鈴木先生は特に考える仕草もせずにすらっとした表情で言った。それが糸原からしてみれば驚きだった。一ヶ月前に会ったとき、鈴木先生は「ただ生徒が好きな先生」と捉えていた。
「いじめですね」
そして鈴木先生は、生徒の自己紹介文をまとめ始めた。糸原も香里奈の資料をしまい、生徒の自己紹介文をパソコンに打ち込んでいく。
鈴木先生の考えは【間違い】だが、今後気をつけるべき相手だと頭に記録する。
「鈴木先生、今度ご飯でも食べに行きません?」
「えぇいいんですか!?ぜひ行きましょう!」
要注意人物ではあるが、ある意味【扱いやすい】先生でもあると、糸原は感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます