第15話 カキツバタ
決行の日。
香里奈の部屋には、普段から監視カメラが付いてるが、客が来る日はカメラが機能しない。
再度カメラが付いていないことを確認すると、鞄の中から睡眠薬を取り出した。1粒だけ取り出して、瓶を床に転がす。
香里奈は、糸原に言われた通りに行動することにした。信用するか迷ったが、信用しない理由がなかった。間違いだとしても今よりは良くなることを期待した。
(昔好きだった人に似ていたから助けた...)
思いもよらない理由だったからこそ、糸原の人情を信じることにした。
香里奈は2階の自室から地面を見下ろす。そして窓に足をかける。死ぬためではなくて、生きるために。
家を出たあと、糸原が作成した地図を見ながら慎重に行動した。糸原が何者であるか分からないが、頭が良いことは分かった。
周辺の監視カメラを全て把握しており、大通りまでのカメラに映らないルートを算出。目的地には糸原が立っていた。
「成功したみたいだね」
「うん」
香里奈は渡されたフード付きの服を着る。そして眼鏡を付ける。
「よし、変装は完璧だ。念の為、まだ一緒には行動しない。なるべくカメラには映らないようにして欲しいけど平然を装うことを優先して欲しい。またコンビニで会おう」
駅名と、駅からコンビニまでの地図がスマホに送られてくる。そのスマホは糸原から貰ったものだ。
「お兄さんは、一体何者なの?」
「んー、ある意味でおかしい人だと周囲には言われているかな」
「お、おかしい人!?」
「香里奈が思っているおかしいとは、異なると思うけどね」
笑顔が苦手な人なんだなと思った。でも嘘をつくような笑顔では無く、単純に糸原は今まで笑ってこなかったのだろう。もしくは笑顔を忘れてしまったのか。
「じゃまたあとで。先にコンビニ行ってるから」
何故ここまで自分に尽くしてくれるのか。香里奈は、糸原には【別の意図】があるのではないかと感じた。
・・・・
香里奈は指定されたコンビニに入った。辺りを見渡すと、アイスコーナーを見ている糸原の姿があった。
「あ、なんかアイスでも買う?」
香里奈は手前にあった美味しそうなチョコレートアイスを一つ取る。
「お、これ新発売の美味しいやつじゃん。僕も買おうっと」
そしてレジに並んで会計を済ます糸原。今のところ、怖さは感じなかった。
今まで出会ってきた大人と同様なら、それはそれで人生を諦めるつもりだった。
コンビニから出て車に乗る。車の中には一昔前のアイドルの曲が流れている。小学生の頃、隣に座っていた同級生が鼻歌で歌っていたのを思いだした。
「そういえばお兄さんのことなんて呼べばいい?」
糸原はハンドルを離さないように少し考える素振りをした。
「決めていいよ」
「じゃお兄さんで」
「うん。分かった。そうだ、香里奈の偽名をこの数日間考えていた」
それは香里奈から頼んだことだった。偽名を決めるように言われたが、糸原に決めてもらうことにしていた。
「月葵」
「るな?」
糸原は頷いた。
「普通、葵は太陽に向かって大きな花を咲かせる植物なんだよ」
糸原は目の前に浮かぶ月を見て言う。
「昔、好きだった子と夜帰っているときに、月光に照らされている一輪の葵の花があった。それはすごく綺麗なものでね」
「月葵」
香里奈はその名前を声に出して言ってみる。何だか可愛らしい響きだった。
「うん!月葵にする」
「気に入ってくれてよかった」
糸原は笑った。そのときの笑顔は繕ったものには見えなかった。
「よし、無事逃げ出せたことだし、詳しく聞かせてもらうよ」
糸原はマンションに向かって車を走らせた。
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