第28話 ハナズオウ

青木はその日の夜、石井に電話をした。


「やっぱり糸原はおかしいよ」


「どうかしたの?」


「直接話したいから今度の土曜日会えない?」


石井は迷ったが、渋々了承することにした。青木は見た目はチャラチャラしているが友情には熱い男子だ。香里奈とは幼なじみらしい。


「いいけどどこで会うの?」


「そっちの家に行っていい?」


安々と女の子の家に来ようとする青木に嫌気を感じる。


「青木の家じゃダメなの?」


「俺の家は無理だ。俺、1人部屋が無いし兄弟うるさいし」


スマホの向こう側では青木の弟が叫んでいる。


「外は?」


「いや、糸原に聞かれていたら危険だから安全な場所がいい」


「分かった」


悠里は仕方なく了承した。


・・・・


土曜日、青木は石井の家に来た。


「親はいないのか」


「ほとんど仕事で、帰ってくるのは3日に一回」


石井は青木を部屋に連れていく。青木はその部屋を舐めまわすように見渡す。


「青木は遠慮という言葉が無いね」


「香里奈の家とは随分違うな」


「うるさいなぁ。香里奈は親が有名人だから一般家庭とは違うよ。私の家はシングルファザーだしお金あまりないからね」


「あ、あぁそうだったな。なんかごめん」


「まぁ気にしてないけどね」


青木を床に座らせて石井はベッドに座る。糸原の何がおかしいのか。石井は気になって仕方がなかった。


「で、糸原先生がどうしたの?」


「あ、その件なんだけど、昨日、悠里を先に帰らせて俺が一人で職員室に残ったのは知ってるよな」


「知ってる。課題が終わってない件だよね」


課題が終わってないから呼ばれた訳ではなかったのだろうか。


「そこで俺は糸原にお願いされた」


「何を?」


「悠里の家にこれを設置するように指示された」


青木はカバンの中なら盗聴器を取り出す。糸原先生もやっていることは犯罪では無いだろうか。


「悠里には事実を話しておきたかった。それに盗聴器を仕掛けろと言われたから、どうしても悠里の家には来なければならなかった」


それならば家に来ようとしていたことも納得がいった。


「確かに。予定な動きを見せず、私の家に来ることが、1番安全なのね」


「うん。そういうことだ」


なぜ糸原は石井の家に盗聴器を仕掛ける必要があったのだろうか。石井の何を疑っているのだろうか。どこまで気づいているのだろうか。


「俺は、香里奈を誘拐したのは糸原だと思う」


「私もそれは同意見」


石井もそれは感じていた。香里奈が虐待・売春されていたのは事実であり、家出を考えていることを知っていた。でも、あのノートは香里奈の字体であり、糸原と香里奈は接触している。


その誘拐が保護だとしても。それが正しい行動なのだろうか。糸原がやったことは立派な誘拐だ。


そして糸原の目的は何なのだろうか。保護だと考えると、糸原に何の利益があるのだろうか。


どちらにせよ、糸原は危険な存在だった。石井も動き出さなければならない。


・・・・


青木は自宅に戻ると糸原に電話をした。


「設置してきました」


『上手く成功したか?』


「俺の演技力見て欲しかったっす。悠里も疑っていませんでした」


青木は糸原に言われたように盗聴器を仕掛けた。糸原に言われていた作戦は次の通りだった。


① 石井悠里の家に行く。

② 糸原が盗聴器を仕掛けようとしたことを石井に言う。

③ 実物を見せる。

④事実を話したところで、【もう1つの盗聴器】を仕掛ける。


青木は、糸原を信じるか迷っていた。それでも糸原を信じたのは、香里奈のノートの存在だった。


糸原の前職はよく分からない。だけど、糸原に従っておけば香里奈の居場所を知ることが出来るかもしれないと思った。


「香里奈は生きているんですか?」


『生きている』


なぜ悠里に盗聴器を仕掛ける必要があるのか。青木は聞いた。


「悠里は加害者っすか?」


『加害者かどうかは分からない。水流も悠里という可能性を感じながら断定出来なかった』


もし石井が石崎徹側になるなら、香里奈へ親友を装い、香里奈が警察に行かないように監視していた可能性もある。


『色々考えているようだけど、僕が疑問に思っているのは、仮に悠里が加害者側だったとき、その理由だ』


青木も同じだった。でも一つだけ心当たりがあった。石井は香里奈のことを……


『まぁ助かった。ここからは先生がやるから青木は関わらないように。くれぐれも校長、金森とは2人だけで会わないようにな』


そして最後、糸原は言った。


『最後に青木と話したい人がいるから代わる』


『青木くん。久しぶり』


「香里奈か?本当に?」


『うん』


電話越しの声は確実に香里奈のものであった。


『青木くん、絶対に危険だけは侵さないで。そして糸原先生の言うことを聞いて欲しい』


「本当に安全な場所にいるんだよな」


『うん。場所は言えないけれど心配しないでほしい』


もういい?と糸原の声。そして電話越しに聞こえてくる香里奈とは別の女性の声。聞き覚えがあった。


『というわけだ。早ければ数週間後に会える予定だからそれまでは目立つ行動をしないで欲しい』


糸原は一体何者なのだろうか。


もう少しで事態が動き出す。









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