願いの裏側



「……ミアはお金を集めたがってるけど、それはどうしてなんだ?」


 変な空気になってしまったこの場を何とかしようと、僕は気になっていたことを尋ねる。

 お父さんの話を聞いたあとでは、特別な意味を見出したくなってしまうが……。


「んー……別に、面白い話でもないんだけどね」


 そう前置きしてから、ミアはソファに座り直す。


「お金がほしい理由。それは、お父さんと暮らしていた頃の生活を取り戻したい……からじゃないわ」


 語気を強くして、ミアは否定した。


「今更贅沢に生きようなんて思えないしね。自由気ままに気の向くままに、好きなように生きられればそれでいい」

「……だったら、金持ちになる必要はないんじゃないのか?」

「そうね。でも、私はお金がほしい……正確に言えば、お父さんを越えるくらいの大金持ちになりたいの」

「お父さんを越える?」

「そ。実はあんまり仲良くなかったよね、私とお父さん。険悪と言って差し支えないくらい、私はあの人のことを嫌ってた」


 ミアは何かを思い出すように、宙に視線を向ける。


「死んじゃった今となっては憎んでも仕方ないけど……でもやっぱり、好きにはなれないかなぁ。私は、あの人から愛情をもらった記憶がない。そもそも家に帰ってこないで、愛人の部屋を渡り歩くような人だったし……私の世話をしてくれていたのは、使用人のみんなだったわ。お父さんにとって、一人娘はただの邪魔者だったってわけ」

「……」


 そんなことはないんじゃないかと否定しかけて、言葉を飲み込む。

 家庭の事情は、当事者にしかわからないものだ。

 外野がとやかく口を挟む問題でもない。


「そんな感じで、私は順当にお父さんを嫌っていたんだけど……あの人が死んで、わかったの。ああ、私には何もないんだって。ミア・アインズベルは一人じゃ何もできない小娘なんだって、思い知らされたわ。だからこそ、あの人を越える成功を収めたい。私は一人でも強く生きられるんだと証明したい。見返したい。あなたが見向きもせず愛情を注がなかった一人娘は、誰もが羨む成功を掴み取ったんだと見せつけたい。そのために、私は私の力で大金持ちになる必要がある……それが、お父さんを越える唯一の方法なの」


 ミアの決意の裏側にある気持ち。

 人生を賭けているとまで言っていた執念。

 そこにあるのは、父親への対抗意識らしい。

 だがきっと、別の感情……本人も気づいていない別の感情も、あるんじゃないだろうか。

 例えば――父親に認めてほしい、とか。

 嫌っているはずのお父さんに、自分のことを認めてほしいという矛盾……当人が亡くなってしまった以上、それは絶対に叶わぬ願いであり。

 ミアにとって、一生かけて追い求める命題になってしまったのだとしたら。


「……」


 いや、憶測で物を言うのはよそう。

 ミアはもう、前を向いて進んでいる……僕なんかがいらぬお節介を焼く必要はない。

 どこぞのカミサマでもないのだし、変に良い人ぶるのはやめておこう。


「……ほら、つまらなかったでしょ?」

「つまらなくなんてないさ……それに、ミアにとっては大事なことなんだろ?」

「……」

「ミアの願いを叶える手助けができれば、僕も嬉しいしさ」

「私をハブかないでくださいよ、イチカさん。もちろん、私も嬉しいですよ」


 僕とミアの間に割って入るように、レヴィが自分の存在を主張する。


「……ありがと、二人とも。とりあえず今は、無事にブラックマーケットに参加できることを祈りましょうか」


 ミアは僕たちの視線から逃げるように目を背けた。

 その頬が、ほんの少し赤らんでいる。


「……そうだな。まずは目の前のことから――」


 恥ずかしがっている彼女のために話題を変えようとした、その瞬間。



 ドオオオオオオオオオオオオオオオン‼



 爆音が響き、視界が揺れる。


「――っ⁉」


 一体何が起きたのか、皆目見当つかない。

 冷静に事態を把握したいが、とてもそんな余裕などない振動が続く。


「イ、イチカさん! これ、やばくないですか! っていうかやばいですよね⁉」


 レヴィの叫びを受け、僕らは行動を開始した。

 とにもかくにも、このホテルから出なければ……いつ天井が崩落し、瓦礫の下敷きになるかもわからない。

 姿勢を低く保ちながらフロアを移動し、何とか外へと脱出する。

 そして。

 ホテルの状況を確認しようと振り返った僕の目に、とんでもない光景が飛び込んできた。


「……マジかよ」


 爆発し、炎上し、崩れ始めているホテル・ベルベットの屋上付近で、何体もの魔物が飛び交っている。

 奴らのことは、学がない僕でも知っている……討伐難易度Aランクの超危険モンスター。


「ドラゴン……」


 ミアの悲痛な声が、群衆の叫びの中に消えていく。


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