緊急依頼
ドラゴン。
高野一夏が生きていた世界でも、その存在は有名だった。
しかし、それはあくまで架空の話である。
フィクションだ。
御伽話や神話、アニメやゲームの話。
この世界のドラゴンは違う。
奴らは実際に人を襲い、街を壊し、災害とまで揶揄される力を持っている。
Aランク相当のレベルや実力を持つ者でなければ倒すことが難しいとされている、まさに魔物の中の魔物。
そんな危険極まりない存在が、目視できる限りで十体以上。
「……」
息を飲むしかなかった。
Aランクの魔物がこれだけ集まるなんて、最終的な被害は想像もできない……ましてやここは市街地である。
一体どれだけの犠牲が出るのか、考えたくもない。
「……イチカさん、ど、どうしましょうか」
未だ混乱の渦中にいるレヴィが、震え交じりの声で訊いてきた。
どうするか、だって?
そんなの――逃げる以外にないじゃないか。
幸か不幸か、この街は領主のお膝元である……必然、レベルの高い冒険者や自警団が多く存在するだろう。
僕らが出張らずとも、時間さえ経てば事態は収束するはずだ。
「もう少ししたら、ギルドが緊急依頼を発令すると思うわ。冒険者らしき人たちもチラホラ集まり出してるみたいね」
落ち着きを取り戻してきたミアが冷静に周囲を見回し、
「私たちはどうする、イチカ」
レヴィと同様の問いをぶつけてきた。
だが一点、違うところがあるとするなら。
ミアの瞳は、強くドラゴンたちを見据えていること。
彼女は恐らく、戦いたがっている。
頭上で破滅的な唸り声を上げている魔物たちを前に、一歩も怯んでいない。
なら、僕も。
仲間である僕も、一緒に……
「……一旦、この場から離れよう。僕らレベルのパーティーじゃ太刀打ちできない」
口から漏れたのは、そんな弱気な言葉だった。
「……そう。わかったわ」
ミアは一瞬、何かを言いたげな目をしたが。
それ以上話すことなく、ホテルに背を向ける。
「……」
腑抜けた奴だと思われただろうか。
でも、これでいいはずだ。
僕は最強のスキルを持っているけれど、決して最強の人間じゃない。
ゾンビやフェンリルを倒すのだって苦労しているくらいだ。
いわんやドラゴンを、である。
だから、ここから逃げる判断は正しいはずだ。
僕はまだ――死にたくない。
イチカ・シリルとして生きていたいと。
そう、思ってしまったのだから。
逃げる群衆の波に乗り、僕らは街の外れへと移動した。
辺りには警報音が鳴り響き、異常事態の発生を告げている。
「このままここにいても、いずれ戦場になる……逃げるなら、街から出ないとダメでしょうね」
ホテル・ベルベットのある方角を見据えながら、ミアが冷静に言った。
「やっぱりそうだよな……えっと……」
ここまで闇雲に走ってきたが、改めて状況を整理してみる。
街には十体以上のドラゴン。
発生源や目的――不明。
まだまだ数が増えるのか、それとも別の魔物が現れるのか――不明。
クイーンズに存在する戦力だけで対応できるのか――恐らく可能。
どれだけの被害が出るのか――恐らく甚大。
僕に、できることはあるか――
『緊急クエスト発生! 緊急クエスト発生!』
不意に、大音量の放送が響き渡る。
『現在、クイーンズ市街地に多数の魔物が出現中! 主な種別はドラゴン! クエスト難易度S! 街にいる冒険者で腕に自信のある者は、至急討伐に参加されたし! 繰り返す! 腕に自信のある者は、至急討伐に参加されたし!』
どうやら、ギルドからの緊急依頼が発せられたようだ。
腕に自信のある者と繰り返すのは、今回のクエストが命懸けであることの示唆だろう。
「……」
少なくとも、僕には自信なんてものはなかった。
これっぽちも。
なかったのである。
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