本当の心 001



「イチカ!」


 呆然と立ち尽くしている僕の肩を、ミアが揺らした。


「しっかりしなさいよ、イチカ!」


 ミアは一層強く僕の肩を掴み、金髪の瞳をわなわなと震わせる。

 一刻を争う状況の中でボーっとしている僕を叱責してくれたのだろうか……だとしたら、どこまで仲間に迷惑を掛ければ気が済むんだ、僕は。


「ごめん、ミア。ちょっとボーっとしてた。さあ、早く街から出よう」

「そうじゃないでしょ!」


 ミアの声が、心臓に刺さる。

 心臓の、もっと奥に。


「あなた言ったわよね? 『一旦この場から離れよう』って……一旦ってことは、つまり戻るってことじゃないの? 一時的に態勢を立て直して、それからドラゴンの元へ向かうって意味じゃないの?」

「……その後に、こうも言ったよ。『僕らレベルのパーティーじゃ太刀打ちできない』って」

「ええ、確かにそうね。でもそんなの、嘘じゃない」

「嘘……」

「嘘よ。私とイチカのスキルがあれば、Aランクモンスターだって倒せる。あのドラゴンたちだって討伐できる……それくらいわかってるでしょ?」

「……わかってるよ。僕のスキルでドラゴンの生命力を1にして、ミアのスキルで奴らの防御を無視してダメージを与える……それが可能なことくらい、ちゃんとわかってる」

「じゃあどうして――」

「死ぬよ、多分」


 僕は言う。

 とても情けなく、とても弱弱しく。


「相手が一体だけならまだしも、十体以上もいるんだぜ? これから数が増えるかもしれないし、別の魔物が現れるかもしれないんだぜ? 街は瓦礫だらけでこっちの足場は悪いのに、向こうは自由自在に空から攻撃できるんだぜ? あいつらの吐く炎にかすりでもしたら致命傷を負っちまうんだぜ?」


 我ながら、なんて格好悪い。

 言い訳だけは、次から次に出てくるものだ。


「敵の状況がわからないなんて、これから先も起こり得るわ。こっちだけ不利な環境だって乗り越えなきゃいけない。致命傷を負うリスクは覚悟の上でしょ……それに、こう言っちゃなんだけど、イチカには不死身のスキルがあるじゃない。もちろん、あれに頼ってほしくはないけど、でも、最悪の事態を防ぐことはできる」


 ミアの反論はもっともである。

 けれど、僕は首を縦に振れない。


「……不死身のスキル、【不死の王ナイトウォーカー】も、所詮はスキルなんだよ。スキルってことは、。瀕死の攻撃を受け続けたら、いつかマナ切れを起こすことになるんだ」


 そしてマナ切れを起こせば。

 僕は――死ぬ。

 そのタイミングがいつ訪れるかはわからない……が、確実にデッドラインは存在するのだ。


「僕はまだ死にたくない。せっかくミアやレヴィと出会えて、冒険者として生きるのが楽しくなり始めたのに、無理にリスクを負うなんて……」


 いや、違う。

 それは本心ではあるが、

 死ぬのが僕だけなら、まだいいんだ。

 死ぬのは嫌だけど、死ぬ程嫌なわけでもない。

 だから、本当に嫌なのは。

 本当に怖いのは。


「……僕は、ミアとレヴィに死んでほしくないんだよ」


 仲間を失いたくない。

 友達を失いたくない。

 それこそ、僕が本当に恐れていることだった。


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