楽しいお仕事 004



 目的の魔物――白狼を模したフェンリルと相対すること、数秒。

 突如、巨体が飛び上がった。


「ガウガウガアアアアアアッ‼」

「くっ!」


 間一髪で鋭利な爪を躱す。

 こちとら、レベル1なりに七年間魔物と戦ってきたのだ……あんまり無様を晒すわけにはいかない。


「……ってええ‼」


 とは思いつつも、やはりDランクの魔物は手強かった。

 完全に躱したはずの牙が左の太腿に突き刺さり、豆腐でも崩すかのようにズルッと肉を持っていかれる。

 大量出血と、骨が砕かれる悪寒。

 が――再生。

 ともすれば意識を無くしてしまいそうな苦痛が全身を軋ませるが、何とか踏ん張る。


「やっぱ、乱用はできないみたいだな、これ……」


 【不死の王ナイトウォーカー】……強力無比な再生力を持つ代わりに、代償の痛みがでか過ぎる。

 これでも我慢強い方だけれど、そう何度も耐えられるわけじゃなさそうだ。

 それに……いや、そっちは考えない方がいい。

 とにかく、目の前の敵に集中するんだ。


「早く出てこい、残りの奴……こいつだけじゃ、僕を仕留められないぞ」


 若い狼とのにらみ合いが続く。

 それなりの知能を有しているだけあって、目の前の人間が普通でないと気づいたのだろう……攻撃を止め、僕を観察するように唸り声を上げている。

 数秒の沈黙。


「……――っ⁉」


 行われる、完全な不意打ち。

 僕の背後から、一頭のフェンリルが飛びついてきたのだ。

 気配も何もあったもんじゃない……恐らく、何かしらのスキルを使っていたのだろう。

 僕は為す術なく押し倒され――頸動脈。

 人体の急所を、噛みちぎられる。


 そして。

 それから。

 順当に。

 当然に。



 頭蓋の中に――


 ――ゴリゴリという嫌な音が鳴り響いた。



「――――――――」



 暗転。

 激痛。

 交錯。

 歪み。

 痛い、痛い、いた、い



「――はっ」


 再生する。

 否応なく、回復する。


「――くそっ!」


 覆い被さるフェンリルから逃れるため、無理矢理身体を捻じる。

 肩の肉が引き裂かれるが、何とか拘束から抜け出すことができた。


「……」


 そしてその肩も、治る。

 苦痛と引き換えに、全てがなかったことになる。

 首を裂かれても、頭部を食われても、関係ない。


「……こりゃ、僕の方が魔物みたいだな」


 シニカルな笑みが出てしまったが、そんな風に悲劇の主人公を気取っている場合ではない。

 僕のやることは、変わらず囮。

 ボスが出てくるまで、ひたすら耐えるんだ。


「……」


 再び、にらみ合いが続く。

 先兵の若狼が一頭、獲物を仕留める熟練した狼が三頭。

 四頭とも、不死身の人間を前に警戒を強めているようだ。

 こうして事態が硬直すれば、出てこざるを得ない。

 どうした、部下はもう手一杯だぞ。

 早く出てこい!


「グルルルルルルラアアアアアアアアッッッ‼」


 大気を震わせる咆哮。

 それがボスの雄叫びだと断定するのは、あまりに容易だった。

 茂みの奥――地響きを鳴らしながら、巨大な狼が姿を現す。

 他のフェンリルの三倍はあろうかという巨狼は、白銀の毛を悠々とたなびかせ、小癪な人間に睨みを利かせた。


「これぞまさに、ボスって感じだな」


 そんな風に余裕ぶるのは、何も現状に絶望したからではない。

 僕の役目が、終了したからだ。


「今だ、レヴィ‼」


 こちらも大声を出す。

 突然のことにフェンリルたちは警戒するが、もう遅い。

 次の瞬間。

 僕の足元の地面が、

 当然、周りにいたフェンリル諸共。

 僕らは、深い大穴に落ちていく。


「これで終わりだ! 【神様のサイコロトリックオアトリート】‼」


 いくら俊敏な獣と言えど、不意を打たれた落下中にこちらの攻撃を躱すことは難しい。

 僕は右手を構え、スキルを発動する。

 そして、その光を合図に。

 頭上から、最後の一撃が放たれる。


「【ファイアストーム】‼」


 業火が狼を焼き尽くした。

 もちろん、僕の身体ごと。


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