楽しいお仕事 002


 冒険者ギルドクイーンズ支部は、街の東部に鎮座していた。

 アルカやサリバで見た建物よりも、かなりごつくてでかい……ここにも領主様のご威光が現れているのかもしれなかった。

 中へ入ると、これまた巨大な酒場があり、冒険者たちが酒をかっ食らっている。

 街が大きいだけに、その人数もかなりのものだ。

 僕らは互いにはぐれないように気を配りながら、クエストボードの前まで進んで行く。


「えっと……どれどれ……」


 張り出された依頼書を端から確認していき、まずはCランクのものを探す。

 ……さすがは領主のお膝元、大量の依頼が舞い込んでいるな。

 けれど、お目当てのものは中々見つからない……クイーンズ周辺の治安維持を目的とした魔物退治がほとんどだが、そのどれもがDランク止まりなのである。

 恐らく、強力な魔物は既に狩りつくされているのだろう。

 それこそ、変異種などが突発的に現れない限り、街の近くでCランク以上の仕事をするのは無理そうだ。


「これなんてどうです?」


 下段を担当していたレヴィが、一枚の依頼書を手に取る。

 Cランククエスト、「フェンリルの討伐」。


「場所はドット山……うん、一日あれば帰ってこれそうだな。ちょっと遠いけど、時間的にはセーフなラインかな」

「他のCランククエストだと、もう少し遠出を強いられそうですしね。これの他にも、DランクやEランクのクエストを同時に受注すれば、まとまった金額になるのではないですか?」

「ふぅむ……」


 レヴィの言う通り、道中やドット山でこなせる別の依頼を請ければ、百万には届かなくてもかなりの額は稼げそうだ。

 問題は、このフェンリルがどれ程の強さ有しているかである。


「ミアはどう思う? フェンリルって魔物、僕たちで倒せそうか?」

「……依頼書の内容を見る限り、群れが住み着いちゃったみたいね。正直、群れているフェンリルは厄介だわ。知能もそこそこ高いし、何よりボスが強い」

「ボス?」

「ええ。群れができてリーダーが決まると、その個体のコアがより強力なものに変化するの。そうやって強くなった固体を、ボスって呼ぶのよ」

「へえ……」


 普通に初耳だった。

 僕も十歳から冒険者をやってはいるが、やはり田舎者の知識は高が知れている……ミアみたいに旅をしている人の方が、知見も経験も豊富なのだろう。


「そのボスってのが厄介なら、この依頼はやめておいた方が無難かな」

「……いえ。フェンリル自体のランクは、確かDのはず。今回は群れているし、場所も場所だから、難易度がCに設定されたんだと思うの」

「つまり、僕たちでも倒せるってことか?」

「慎重にいけば充分可能だと思うわ。少なくとも、手も足も出ない相手じゃない」


 もちろん攻撃を受ければやばいけどね、とミアははにかむ。


「しっかり作戦を立てれば、逆にカモれる依頼だとは思う……でも、二人の意見を尊重するわ。危険であることに変わりはないしね」

「……ってことらしいけど、レヴィはどうしたい?」


 話を振られると思っていなかったのだろうか、僕の問いに対し、レヴィはビクッと肩を震わせた。


「わ、私ですか? 私は、お二人の決定に従うまでですよ。どんな決断になっても、ついていきます」

「そういうのはやめようぜ。僕たちは仲間なんだから、ちゃんと意見を出し合おう。それが賛成でも反対でもな」


 こいつは変なところでかしこまりがちなので、年上である僕らの言うことに従う気満々なのだろう。

 だが、それはよくないことだ。

 特に、命が掛かる決断をする際には。


「……でしたら、その、私は賛成です。危険なのは重々承知ですが、それは他の依頼でも変わりませんし……だったら、一発どどーんとやっちゃいましょう」


 レヴィは大きく胸を叩き、威勢の良さを示す。

 何とも可愛らしい動作ではあるが、間違っても抱きつかないように注意しよう。


「レヴィ、本当にいいの? もっと安全な稼ぎ方もあるのよ?」


 乗り気なレヴィを心配してか、不安そうに声を掛けるミア。


「全然モーマンタイですよ。私、ミアさんのことを信じてますから」

「……ありがと、レヴィ。一緒に頑張りましょ!」


 なんとも清い友情である。

 ……で、僕は?






 ドット山。

 クイーンズから徒歩で半日程の場所に位置し、登山目的にも利用される観光地である。

 とは言っても、低級の魔物は出没するので、登山の際にはDランククラスのガイドを連れていくことになるらしい。

 僕らはギルドの権限を用い、パーティーメンバーのみで山登りをする。


「さて……登りますか」


 依頼を請けると決めてから即出発し、午後を丸々使って夜半に到着……日が昇るまで仮眠し、早朝に活動開始。

 中々のハードワークである。

 この世界の人間はマナによって強化されているので、こんな無茶ができるのだ。

 便利な仕組みである。


「フェンリルの群れが住み着いたのは登山道から離れた森の中らしいわ。獣道を見つけるとしても、一時間は登ることになりそうね」


 ミアはギルドから支給された地図を頼りに、今後のルートを決めていく。


「一時間か……高尾山くらいだな」

「たかお、何?」

「いや、こっちの話」


 朝のラジオ体操を一通り終え(朝早く起きるとやりたくなる。気分の問題だ)、僕はこれから登るドット山を見つめる。


「あの、イチカさん」


 ボーっとしていると、背後からレヴィが肘でつついてきた。


「今からでも作戦を変えませんか? その、あまりに無謀と言いますか……成功はすると思いますけれど、イチカさんの負担が大きいと言いますか……」

「大丈夫だよ、レヴィ。僕はほら、そのくらいしかできることがないから」


 心配してくれるのはありがたいが、僕は自分のできることをやるだけだ。

 例え多少の無茶をしようとも、最善を尽くすべきだろう。

 それが、仲間のためになるのなら。


「……よし、そろそろ行こう。作戦開始だ」


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