「賊」 002



「あれ、俺たちのこと知ってる感じ? へー、田舎のガキにしては物知りじゃん」


 男は愉快そうに笑う。


「……なあ、ミア。その『グール』ってのは何なんだ?」

「……あいつの左手、髑髏のタトゥーが入ってるでしょ? ああして左手の甲に印をつけるのは、闇ギルドの証なの」

「闇ギルドって?」

「ただの犯罪集団よ。国のギルド制に反発して、奴らがそう自称し始めたってだけ……で、あの男が所属しているのが、『賊』っていう闇ギルドなの。髑髏のタトゥーがメンバーの証……以前、ギルドの手配書で見たことがある」


 言いながら、ミアは男に向ける視線を強くする。


「『賊』は、ここ数年で力をつけてきた要注意ギルドらしいわ。他にも悪名高い闇ギルドはあるけど、あいつらの危険度は飛びぬけている……手配書の内容も、中々のものだったわよ。それこそ、街一つ潰すなんて簡単にやってのけるくらい」

「そんな風に睨むなよ、ねーちゃん。にしても、カザスなんつー田舎まで手配書が出回り出すとは、俺たちも有名になったもんだ」


 男は一層愉快そうに顔を歪め、その場に立ち上がった。


「俺の名前はテスラ。あんたが言った通り、闇ギルド『賊』の一人さ」


 黒スーツの男――テスラは、邪悪な笑みを浮かべる。


「……闇ギルドが、どうしてこんな国の外れの地域にいるのよ。王都周辺で暴れてるって聞いてたけど?」

「最近は精力的に活動してんのさ……つっても、今回はちょろっと冷やかしに来ただけ」

「冷やかし?」


 ミアは露骨に眉をひそめ、


「……一つ、ハッキリさせてもいいかしら。街にいるドラゴンは、あんたたちの仕業なの?」


 核心を突く質問を投げかけた。


「ああ、あれは俺のペットだ。だからお前らの持ってるコアも俺のものってこと。早く返せー、ドロボー」


 一切悪びれることなく、テスラは言う。

 今クイーンズで起きている大騒動の原因が、この男一人にあるってことか?

 だとしたら。


「……ミア、レヴィ」

「ええ、わかってるわ」

「了解です」


 事態は警戒から戦闘へと移行する。

 僕らは互いにカバーし合える距離まで離れ、テスラをじっと見据えた。


「……なに、お前ら。俺とやろうっての?」

「街を滅茶苦茶にしてる張本人が目の前にいるんだから、当然だろ」

「なんだ~、にいちゃん。一丁前にヒーロー面か?」


 テスラは僕らを見下ろしながら、ゆっくりと屋根上を歩く。


「まあ、仮にもドラゴンを倒すくらいの力はあるらしいし?  暇潰し程度にはなるか」

「暇潰しか……まるで、もう目的は達成したみたいな口ぶりだな」

「目的なんて最初からねえよ。今日は冷やかしに来ただけって言ったろ?」

「一体何を冷やかしに来たっていうんだ、あんたは」

「ブラックマーケットさ」


 思わぬ単語の登場に、一瞬動揺が走る。

 思い返してみれば、ドラゴンが最初に現れたのはホテル・ベルベットだった……じゃあこいつらは、ブラックマーケットを狙っていたのか?

 一体何のために……。


「国中のあらゆる場所に瞬間移動できるスキルと、それを用いた金持ち共の道楽ショッピング……ちょっかいかけたくなるだろ?」

「ちょっかいだって? 他に目的はないっていうのか?」

「ずっとそう言ってんだろうが……合法非合法問わず、欲しいものが手に入る闇市場、だっけ? 大層な肩書だが、闇って名乗るからにはそれなりのリスクを覚悟しとかねえとなぁ……俺みたいに、裏の人間に弄ばれるリスクとかよ」


 テスラの薄ら笑いに。

 ぞくりと――背筋が凍る。


「今回の件は仕事じゃないのさ。ただの遊び、趣味の領域。ブラックマーケットとかいって、この国を裏から牛耳ってる感を出してるのが気に食わねえってのもあるな。以前から小耳に挟んじゃいたが、丁度予定が空いたから冷やかしたくなったのさ」


 ただの遊びだって?

 そんな、軽くジョギングにいくような感覚で、街一つを襲ったとでも?


「……狂ってますよ、あなた」


 黙って話を聞いていたレヴィが、端的に言った。


「狂ってる? おいおい、そりゃ勘違いだぜお嬢ちゃん。俺はただ欲望に素直なだけさ……崖際に立つ人の背中を見て、このまま押したらどうなるかって想像しないか? 赤ん坊を胸に抱いた時、かる~く首を捻ったらどうなるか気にならないか? 普通の人間ってやつは、そこで自分に嘘をつく。やっちゃあいけないことだって決めつける。俺から言わせりゃ、なんてもったいない生き方だって感じだぜ」


 酷い結果になるとわかっていて、先に進める人間はいない。

 そこから先にいける奴は。

 ただの、狂人だ。


「相手のことを慮るな。他人の事情を考慮するな。世間体に配慮するな。優しさと親切に阿るな。自分さえ良ければそれでいい……好き勝手に生きられる世界こそ、素晴らしい」


 好き勝手に生きるというのは。

 その言葉は。

 僕の、人生の指針だった。


「ってことで、俺は今から好きに暇潰しをさせてもらうよ」


 テスラは懐から、手のひらサイズの箱を取り出す。


「【収集箱】」


 パカッと、箱のふたが開き。

 中から、到底内部に収まりきらない量のコアが飛び出してくる。


「便利なスキルだろ? この箱に入る大きさのものなら、無制限に出し入れできるんだぜ」


 言いながら、テスラは飛び散ったコアに向けて左手をかざした。

 彼の周りに、緑色の光が集まり出す。


「精々足掻いて楽しませてくれ! 【倫理の否定マッドサイエンス】!」


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