倫理の否定 001



 魔物のコアには、基本的に二つの使い道しかない。

 一つは、体内に吸収してレベルを上げること。

 もう一つは、コアをマナの状態に戻してエネルギーに変換すること。

 だが。

 テスラの場合は、違った。


「【倫理の否定マッドサイエンス】!」


 奴の身体から緑色の光が溢れ、宙に舞ったコアにぶつかる。

 あの光が何らかのスキルであることは間違いない。

 問題は、一体何をしようとしているかだ。


「……――っ」


 僕の疑問の答えは、図らずもすぐに解決した。

 緑閃を帯びたコアが、どくんと脈動し。

 その質量を、一瞬のうちに増大させていく。


「そんな……」


 ミアの絶望の声と同時に、僕らの前方に土煙が上がった。

 それは、高所から何かが落下してきた証左である。

 そのが、一斉に産声を上げる。



 ブラックガーゴイル

 ジャイアントイエティ

 レオンキマイラ

 ベノムサーペント

 キングスライム



 片田舎の一冒険者である僕でさえ、その名を知っている魔物たち。

 討伐難易度Bランクの、危険生物。


「俺のスキル、【倫理の否定】は、のさ……例えこいつらが死んでも、コアさえあれば何度でも復活させられる」


 テスラは得意気にスキルの解説をする。

 余裕の表れ……とは、少し違う。

 あいつは、この状況をただ楽しんでいるのだ。

 遊びだと言っていた。

 だからこそ、僕らに手の内を明かしても問題ないと考えているのだろう。


「さあ、ドラゴンを倒した力を見せてくれ。もっとも、こいつら全員を相手にする方が、骨が折れるだろうがな」


 Bランクモンスターが五体……確かに、ドラゴン一体より厄介である。

 けれど、僕には関係ない。

 いくら強力なモンスターが相手でも。


「……ミア、頼んだ」

「ちょ、ちょっとイチカ!」


 ミアの焦った声を無視し、僕は走る。

 綿密な計算も緻密な作戦も、そこにはない……馬鹿正直な突撃である。

 危険なのはわかっていた。

 Bランクモンスターの攻撃が掠りでもすれば、僕の生命活動は簡単にストップする。

 【不死の王ナイトウォーカー】を発動する余裕はまだあるだろうが、しかし決してスマートなやり口ではない。


 死ぬのは怖い。

 例え生き返れるとしても。


 いつもの僕なら……少なくともドラゴンと相対していた時の僕なら、その恐怖をしっかり受け止めていたはずだ。

 受け止めた上で、リスクとリターンを天秤に掛けて行動をしていた。

 けれど、今は無意識で身体が動く。

 目の前の障害を一刻も早く排除し、その元凶を絶たねばという使命感に襲われる。


 ……いや、そうじゃない。

 使命感の前に、もっと強くて濃くて、原始的な感情があった。


 嫌悪感。


 ただの暇潰しで人を殺せるような、人間の道を踏み外している相手への――混じり気ない不快感。


 奴の遊びの所為で、一体どれくらいの死者が出た?

 一0や二0では利かないだろう。

 今なお、ドラゴンは街を破壊し続けている。


 家族を失った人。

 住む場所を無くした人。

 一生癒えない傷を負った人。

 これから、死ぬかもしれない人。


 テスラの引き起こした事態は、決して冗談で済ませられる範疇ではない。

 そして、あいつはこの先も遊びを繰り返すだろう。

 一切の悪びれもなく、微塵も心を痛めることなく。

 好き勝手に、生きるのだろう。

 野放しにしちゃいけない。

 この場で――僕が止める!


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