倫理の否定 002



「正面突破か! 漢気があるのかただの馬鹿か、どっちだろうな!」


 テスラは可笑しそうに笑う。


「【倫理の否定マッドサイエンス】で復元した魔物には大雑把な命令しか出せねえ……そいつらには、目の前の人間を全力でぶち殺すようインプットした。さあ、どこまで抗える?」


 余裕綽々に構えているテスラの元へ辿り着くには、まず五体の魔物を倒さなくてはならない。

 やることは一つだけ。

 僕は右手を構える。


「【神様のトリック――ぐっ⁉」


 スキルを発動する直前、脇腹に激痛が走った。

 肋骨を砕き、内臓が損傷する感覚。

 これは……石の爪か。

 悪魔を模した石像の魔物、ブラックガーゴイルが、死角から攻撃を仕掛けてきたらしい。

 鋭い爪が引き抜かれるのと同時に、大量の血液が噴射される。


「――っ」


 その場に卒倒しそうな痛み……だが、死なない。

 不死身のスキル、【不死の王ナイトウォーカー】によって、苦痛と引き換えに傷が癒える。


「おいおいおいおい、なんだそれ、回復系のスキルか? にしては、回復速度が異常過ぎるぜ。治癒系の上位スキルか、はたまた特異系か? なーなー、教えてくれよ」

「……お前に説明する義理は――がっ⁉」


 テスラの言葉に気を取られたつもりはなかったが、僕は更なる追撃を食らう。

 地中から這い出てきた細長い尾……巨大蛇、ベノムサーペントのものだろう。

 豆腐でも抉るような軽快さで、左肩が吹き飛ばされる。

 血肉と共に意識を持っていかれる……だが、死なない。


「こいつはすげえ! そんじゃそこらのAランク冒険者とは比べ物にならない治癒スキルじゃねえか! こりゃ良い暇潰しになりそうだ!」


 僕の不死性を見てテンションが上がるテスラ。

 まるで、面白いオモチャを手に入れた子どものようである。


「はあ、はあ……――くそっ」


 【不死の王】の代償として味わう苦痛……その一瞬の隙を突き、レオンキマイラが飛び掛かってくる。

 次いで、ジャイアントイエティの拳。

 上空から、キングスライムの巨体が落ちてくる。


「どこまで耐えられるか見せてみな!」


 気づけば。

 僕は、魔物たちに取り囲まれていた。


「――――――」


 貫かれ。

 抉られ。

 噛まれ。

 砕かれ。

 潰され。

 切り刻まれ。

 引き千切られ。

 嚙み荒らされ。

 擦り潰され。

 圧し伸ばされ。

 肉という肉がずり落ち。

 骨という骨が粉々になり。

 臓器と血液がミキサーされ。

 人間が体験していい痛みの許容量をとうに超え。

 それでも――死なない。

 そんな程度じゃ。

 僕は、死なない。

 僕は、死ねない。



「――ごふっ」



 けれど、それは死なないだけで。

 状況は悪化する一方だった。

 絶え間ない暴力と再生に次ぐ再生の所為で、【神様のサイコロトリックオアトリート】を発動する余裕がないのだ。


 スキルを使う前に殺される。

 生き返った瞬間殺される。

 殺されている間に殺される。


 せめて数秒の隙さえ生まれれば何とかなるが……しかし、これは完全なる自業自得である。

 何の考えもなく激情に身を任せた僕の責任だ。

 このまま魔物たちに殺され続ければ、遅かれ早かれマナ切れを起こすだろう。

 そうなればもう、不死身のスキルは使えない。


「――――がはっ――――」


 甘かった。

 その一言に尽きる。

 フェンリルの群れを倒せたり、Aランクモンスターのドラゴンを倒せたり……そんな成功体験が、僕の認識を無意識の内に甘くしていた。

 何を調子に乗っていたんだ、僕は。


 僕は、こんなにも弱いのに。


 正義感や使命感に身を任せていいのは、一握りの力を持つ人間だけだ。

 僕みたいな弱者は、冷静に憶病に、身の丈を弁えた行動をしなきゃならないのに。

 ああ、なんて情けない。

 僕はまた、何も為せずに死んでいく――


「――イチカ‼」


 僕の頭上で。

 橙色の炎が、燃え上がった。


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