倫理の否定 003




 スキルを発動する暇もなく蹂躙されている僕の目に、橙炎が映る。


「イチカから離れろ‼ 【ファイアストーム】‼」


 温かい。

 これは、ミアの炎だ。

 でも彼女の炎じゃ、こいつらに傷一つだってつけることはできない。

 ミアの持つマイナススキル、【乙女の一撃】は、与えるダメージを1にしてしまうのだから。


「「「ギエエエエエエエエエエエエエエエ‼」」」


 魔物たちが咆える。

 ダメージはなくとも、鬱陶しく燃え盛る炎に苛立ちを覚えたのだろう。

 そしてその矛先は。

 まっすぐ、ミアに向かう。


「ほらほらどうしたの! 私はここよ!」


 自分に向けられた威圧的な咆哮を意にも介さず、ミアはスキルを繰り出し続けた。


「――っ」


 まさか、囮になろうとしているのか?

 僕を助けるために?

 ミアのレベルは30……先程ドラゴンのコアを吸収したとは言え、二つか三つくらいしかレベルは上がっていないはずだ。

 その程度の防御力では、Bランクモンスターの攻撃を受け切れない。

 彼女が囮になるということは。

 即ち、命を懸けるということ。


「【ファイアトルネード】‼」


 橙の炎が渦を巻く。

 その邪魔な熱源を排除しようとブラックガーゴイルが動き、僕を取り囲む包囲網が緩んだ。

 待ち望んだ数秒の隙。


「――【神様のサイコロトリックオアトリート】‼」


 僕はまず、周りに残った四体に向けてスキルを使う。

 突然の閃光は魔物たちの視界を一瞬だけ奪い、包囲網を抜け出ることに成功した。

 もつれる足を無理矢理稼働させる。

 ブラックガーゴイルは、既にミアの眼前に迫っていた。

 急げ。

 走れ。

 ミアに何かあったら。

 僕は一生、自分を許せない!


「ミア‼」


 右手を目一杯伸ばす。

 少しでも早く、スキルを届かせるために。


「【神様のサイコロ】‼」


 閃光が飛ぶ。

 そして――


「【ファイアランス】‼」


 炎の槍が、ブラックガーゴイルを貫いた。


「次はあんたたちよ! 【ファイアストーム】!」


 続けざまに放たれた炎が、残った魔物を燃やしていく。

 灰となり、コアを撒き散らすBランクモンスターたち。

 勝負は一瞬でついた。


「……ありがとう、ミア。それから、ごめん」


 僕はミアの隣に行き、頭を下げる。

 自分の軽率な行動の所為で、仲間を危険に晒してしまった。

 一歩間違えれば、タイミングが悪ければ、ミアは死んでいたかもしれない。


「何よ、水臭いじゃない。仲間なんだから助けにいくのは当然でしょ? それに、私もたまには身体を張らないとね」


 腰をパンパンと払ってから、ミアは右手をすっと挙げる。

 その動作の意味を図りかねていると、


「何してんの。ハイタッチ!」


 ミアがにっこりと笑った。

 少し恥ずかしいが、付き合わないわけにはいかない。


「最強コンビ、イエイッ!」

「……イエイ」


 パンッと、小気味良い音が響いた。

 久しぶりのハイタッチにどぎまぎしていると、


「イチカさん! ミアさん!」


 僕らの名前を叫びながら、レヴィが早足で駆けてくる。


「ああ、レヴィ。お前は大丈夫だったか?」

「大丈夫だったか、じゃないです! 人の心配より自分の心配をしてください! っていうか無茶し過ぎです! 何回死ぬつもりですか!」

「ご、ごめんなさい……」


 物凄い剣幕だった。


「ミアさんもミアさんです! いきなり走っていったと思えば、囮になるなんて! 相手はBランクモンスターなんですよ! 無謀過ぎます!」

「ご、ごめんなさい……」


 勢いに押され、ミアも謝罪をする。

 年上二人の威厳は皆無だった。


「……まあでも、無事でよかったですよ、ほんとに。私のスキルじゃお二人を助けることが難しかったので、丸く収まってホッとしています」

「……もし僕らがピンチになったら、助けてくれたってことか?」

「当たり前のことを訊かないでください……っていうか、半分走り出してましたよ」


 やれやれと言わんばかりに肩をすくめるレヴィ。

 こいつもこいつで、仲間想いの良い奴である。


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