作戦終了 002


 僕らは一日中ドット山に籠り、請けていた依頼全てを達成した。

 報酬金の総額は七0万エーラ程……予定していた百万には届かなかったけれど、一日で稼ぐにしてはまずまずな額である。

 ただ、ブラックマーケットでいくら必要になるかわからない以上、無駄金を使うわけにはいかない……というわけで、僕らは宿を取らずに野宿をすることにした。

 麓近くまで下山し、安全な場所でのキャンプである。


「あとは無事にクイーンズまで帰るだけですね」


 焚火の灯りに照らされながら呟くレヴィ。

 時刻は0時を越した辺りで、そろそろ眠りにつくべき頃合いである。


「結構疲れたわね~。ゆっくりお風呂に浸かりたいけど、明日まで我慢かぁ」


 ミアは両足をだらんと投げ出し、横たわる丸太の上にだらしなく座っている。


「ブラックマーケットで買い物が終われば、あとは自由にお金を使っていいんでしょ? 安く済めばその分手持ちも増えるし、ウハウハね」

「まあ、残った金額でどれだけ豪遊できるかわからないけどな」

「足りない分は稼げばいいのよ。酒池肉林のためには苦労を惜しまないわ」

「……あんまりその四字熟語使わない方がいいよ」


 ミアの見た目とのギャップが激しい。

 金持ちのおっさんにこそ似合う言葉である。


「イチカだって夜の街で遊びたいでしょ? それなりにお金がかかるわよ~」

「僕は健全な男子だから興味ないな」

「やけに早口で否定するじゃない。素直じゃない男はモテないわよ」

「訂正します。少しは興味がある」

「アドバイスを即実行し過ぎでしょ」

「いやほら、冒険には息抜きも必要だし、そういう意味で夜の遊びに興味があるだけであって、平常時のパフォーマンス向上のためというか、ほんとそれ以外の邪な考えなんて微塵もないんだけどな」

「言うに事欠き墓穴を掘るって感じね」


 呆れ顔で肩をすくめるミア。


「イチカさんのことを責めないであげてください、ミアさん。彼は末期なんです、人生の」

「誰が末期だ。僕の人生はこれからだぞ」

「もう頑張らなくていいんですよ」

「無条件の優しさを発揮するな。僕は今日死ぬのか?」

「そう、あなたは今から……ふぁ~」

「眠気に負けてんじゃねえ。自分から始めたんだから一くだり終わらせろ」


 僕の文句に聞く耳も持たず、レヴィはむにゃむにゃと船を漕ぎ出した。


「……なんだかんだ言って、まだ子どもよね」


 ミアが優しい声色で呟く。


「レヴィを見てると、昔の自分を思い出すの」

「そうなのか? どこか似てる部分があるとか?」

「顔が可愛いところ」

「謙遜って言葉の意味を辞書で引いてこい」


 自信満々ギャルが。

 まあ実際、可愛くはあるけども。


「人に触れないって、寂しいわよね」

「……そうだな。だから、僕らが何とかしてやらないと」


 当座の目標は、レヴィの常時発動型スキルを封じるアイテムを購入すること。

 これから一緒に旅をしていくうえで必要不可欠な品である。


「明日になれば何とかできてるはず……まあその前に、解決しなきゃいけない問題もあるけど、些細なことよ」

「ちょっと待って。え、まだ何か問題があるの? 初耳だぞ」


 ミアがサラッと口にした言葉を、しかしサラッと受け流せなかった。


「問題って言うか、懸念点? みたいな?」

「みたいでも何でもいいから、とにかく説明してくれ」

「えっとね……ブラックマーケットは誰でも入れるわけじゃないのよ。やってることがやってることだし、当然よね」


 合法から違法まで、ありとあらゆる品々が出回る市場である以上、入場制限があるのは確かに当然か。

 ……ん?


「なあ、ミア」

「何、イチカ」

「僕らは入れるってことでいいんだよな?」

「それがちょーっと微妙なのよねー」


 あっけらかんとした顔で、とんでもねえことを言いやがった。


「ブラックマーケットへの入場には、会員証が必要なのよ。どこで発行されているのかもどう入手するのかも不明な、それ自体がレアアイテムみたなやつがね」

「不明って……じゃあどうするんだよ。きちんと大きな問題点じゃないか。それとも、会員証を手に入れる当てでもあるのか?」

「そんな当てはない……けど、多分、何とかなるわ」

「その謎の自信はどこから沸いてくるんだ」


 自信満々でポジティヴ思考というのは大切だが、問題から目を逸らす言い訳に使い始めたらお終いである。

 だが、僕の心配を余所に、ミアはあくまで余裕の表情を崩さない。


「大丈夫大丈夫! 八割五分くらいの確率で上手くいくから……もしダメだったら、その時考えましょ! ってことで、私は寝る! おやすみ!」


 言って、ミアは会話をシャットアウトするが如く寝袋に入っていった。


「……」


 本当に大丈夫なんですかね、ミアさん。


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