優しい嘘 003
現在、レヴィはミアの用意した服を着ているため、極端なオーバーサイズ好き女子になってしまっている。
本人は満足そうだが、一緒に歩く僕が変な目で見られるので(自意識過剰かもしれないが)、ひとまず服屋に寄ることにした。
女の子は服に拘りがあると思い、好みを訊くと、
「特にないです。動きやすければ何でも」
なんて、実に素気ない返答をされた。
実際、レヴィは光の速さで服を見繕い、拘りなど微塵もなさそうである。
女子との買い物は時間が掛かるというステレオタイプを壊された気分だ……まあ、僕もショッピングは手早く済ませたい系男子なので、これは素直にありがたい。
僕はお会計を済ませ、店の外で彼女の着替えを待つ。
「お待たせしました、イチカさん」
しばらくして、心なしかテンションの上がったレヴィが店から出てきた。
いくら好みがないとはいえ、服を新調すれば機嫌もよくなるのだろう……青色を基調にしたコーディネートが、髪の色とマッチしている。
「うん、似合ってるんじゃないか? さっきも言ったけど、その服は僕からのプレゼントだから、遠慮なく着まくってくれ」
「着まくるという表現はよくわかりませんけど……ありがとうございます。まさかイチカさんからこうして施しを受けるとは思ってもいませんでした」
「こう見えても面倒見はいい方なんだぜ」
「いえ、そうではなくて。見るからに貧乏そうですし」
「喧嘩なら買うぞ!」
「冗談ですよ」
レヴィはニシシと笑ってから、僕に向けて頭を下げる。
「ありがとうございます。見ず知らずの私のためにここまでしてくれて、感謝しかありません」
「……ここまでって程のことはしてないよ。それに、子どもがそんなにかしこまるもんじゃないぜ」
意外と礼儀正しいところもある奴だと感心するが、しかし子どもに頭を下げられるというのもむず痒いものがある。
十歳なんて、生意気なくらいが丁度いいのだ。
「この私がへりくだってお礼をしているんですから、もっとありがたがったらどうですか?」
「クソ生意気なガキだな!」
どうやら期待を裏切らない奴でもあるらしい。
レヴィはコホンと咳払いをし、改めて僕に向き直る。
「この後はどう動く予定で?」
「ん? 一応目的地は役所ってことにしてるよ。そこでレヴィの家族……コラリス家を探してみよう」
もちろん、その行為に一切の生産性がないことは明らかだった。
でも、レヴィのために何かをしてあげたいのだ。
彼女を魔物から人間に戻してしまった僕には、その責任がある。
「……はい、お願しますね」
言って、レヴィは優しく微笑んだ。
僕はその笑顔に、応えなければならない。
「子どもの捜索願? そんなの出てないよ」
サリバの役所に到着した僕は、受付にいた男性職員に素気ない対応をされてしまった。
もう少し愛想よく振舞えないものかと思ったが、他人に文句を言える程できた人間でもないし、ここは我慢しよう。
「そしたら、コラリスという名字の家族はこの街にいますか?」
「コラリス?」
職員は明らかにめんどくさそうに溜息をつきながら、手元の端末を操作する。
マナを用いて市民情報を管理しているのだろう……相変わらず、ローテクなのかハイテクなのかわからない世界だ。
ちなみに、エーラ王国の地方行政は各地の領主によって執り行われている。
あまりにも国土が広いため、全国で統一された仕組みやシステムは導入されていないのだ……こうして役所がある街もあれば、自警団のみの街もあるらしい。
さすが、地域が変われば国が変わると言われているだけのことはある。
「……その名字の人はサリバに住んでないね。かなり昔に遡ればヒットするけど、関係ないでしょ?」
「……そうですか。ありがとうございました」
僕は適当に一礼し、すごすごと役所を去る。
その後ろに、ちょこんとレヴィがついてきていた。
「えっと……どうやら、レヴィはそもそもサリバの住人じゃないみたいだな」
僕はとりあえず、受付で得た情報を整理したかのように振舞う。
もしコラリスという方がこの街にいれば、レヴィと一緒にそこを訪ね、人違いでしたというイベントまでこなしたかったのだが……そう甘くはなかったか。
これで、僕が彼女にしてあげられることはなくなった。
「……」
レヴィは黙ったまま、僕の半歩後ろを歩いている。
この街に自分を知る手掛かりがなかったことにショックを受けているのだろう……ううむ、どうしたものか。
ここにきて、ミアの言っていた「期待させるだけ可哀想」という言葉が身に染みてくる。
「……なあ、お腹空かないか? 何かおいしいものでも食べに行こうぜ。もちろん、僕の奢りで」
「アイスがいいです」
即答だった。
元気があるのかないのか、どっちなんだ。
「それもイチゴが大量に練り込まれたもの以外、私は受け付けません」
「わかったわかった、何とか探し出すよ」
服に拘りがないくせに食べ物の好みは激しい奴である……僕としては少し早い夕ご飯のつもりで提案したのだが、アイスはさすがに主食にカウントできない。
であれば、ここは一旦小腹を満たしてもらって、夜にミアと合流してから改めて食事をすることにしよう。
「アイス一個じゃ私の胃袋は満足しませんからね。最低でも二個、努力義務で四個です」
「おっけーおっけー、十個でも二十個でも、好きなだけ食べさせてやる」
「二十個も⁉ そんなことをしたら、イチカさんが破産してしまいますよ!」
「お前、僕をどのレベルの貧乏だと思ってるんだ」
さっき服買ってやったばかりだろうが。
「私の胃袋が鉄でできているのは周知の事実ですが、さすがに二十個は食べきれませんね」
「生憎初耳なんだが……大食いキャラなのか?」
「十九個が限界です」
「あと一個くらい気合で食べろよ」
どこが鉄なんだ。
精々アルミである。
「残すのはもったいないので、いざという時の非常食として保存しておきますね」
「アイスが何か知ってるか?」
いざという時、ドロドロになっちゃってるよ。
「さ、行きましょうか、イチカさん」
レヴィが前に躍り出て、僕を先導するように早足になる。
そんなにアイスを楽しみにしてくれるというなら、是非もない。
陽は段々と落ち、街は薄暗くなっていく。
優しい嘘をつく時間も、終わりを迎えようとしていた。
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