優しい嘘 002
レヴィを一人小屋の中で待たせ、僕とミアは作戦会議のために外に出た。
「ちょっとイチカ、大丈夫なの? あの子の家族はもう亡くなってるし、期待させるだけ可哀想じゃない?」
ミアは囁くように心配を口にする。
レヴィがゾンビになったのは三百年前だと、カミサマは言っていた……つまり、彼女の家族や友人、知り合いは既にこの世を去っているということになる。
「確かに、僕の提案は酷だったかもしれない……でも、このまま何もせずに見捨てられないよ」
本来なら、レヴィの身柄を然るべき施設に預けるだけでいい。
僕らにできるのはそれくらいのことだ。
だけど。
そんなの、あまりに可哀想じゃないか。
「あいつは、まだほんの子どもなんだ。記憶をなくして、三百年後の世界で右も左もわからずに困ってるんだ。せめて少しでも、あいつのためにできることをしてあげたい」
例え徒労に終わる家族探しだろうと。
レヴィの気持ちが少しでも晴れるなら――それでいい。
「……わかったわよ。私だって、あの子のためにやれることがあればやってあげたいし」
ミアは降参とばかりに両手を挙げ、静かに頷いた。
「でもね、イチカ。レヴィを本当の意味で救ってあげることなんて、私たちにはできないのよ……それだけは、ちゃんとわかっておいてね」
「……ああ。わかってるよ」
僕らが今からやろうとしていることは、ただの慰めで。
優し過ぎて反吐が出る、毒みたいな嘘だった。
「ここがサリバですか」
レヴィはきょろきょろと辺りを見回しながら、物珍しそうにサリバの街中を歩く。
アルカと似たようなレンガ造りの街並みで、カザス地域の都市としてスタンダードな景観ではあるが……正直、どこも似たり寄ったりで区別がつかない。
「どうだ? 見覚えはあるか?」
レヴィが人間として生きていた三百年前とは建物自体の造形すら違うだろうが、僕は一応、そう訊いてみた。
「うーん……あまりしっくりこないですね。見覚えという観点から言えば、全くありません」
「……そっか」
悲しいことを言いながらも、先を行くレヴィの歩みは軽い。
自覚はなくとも、久しぶりに人間の身体で動けるのが嬉しいのだろうか。
「ところで、イチカさんはどうしてサリバに来たんですか?」
「んー……僕とミアは冒険者だから、一か所に留まらないで旅をしてるんだよ」
本当はお前を退治しにきたのだが、そんなことを言うわけがない(当たり前だ)。
ちなみに、名前の出たミアとは別行動をしている……彼女は現在、レヴィを預けるに相応しい福祉施設を探してくれているのだ。
サリバはそれなりに大きな街だし、きっといいところが見つかるだろう。
「そんなこと言っておいて、ほんとはイチャイチャバカップル旅行をしているだけなんじゃないですか?」
「何だその頭ハッピーな旅行は」
絶妙に馬鹿にしてやがる。
「でも、お二人は恋人同士なんですよね?」
「違うよ。ミアとはただの仲間だ」
「みなさん最初はそう言うんです。『あいつとは友達だから~』とか、『女として見れないんだよな~』なんて言っておいて、やることやりやがるんですから」
「ほんとに十歳児か、お前」
やりやがるとか言うな。
もっと純粋無垢な会話をしてほしい。
「子どもだからって手放しに純真さを求められても困りますね。無邪気という免罪符を使っているだけで、あいつら、案外残酷で汚れているものですよ」
「何で他人事なんだよ」
巧みな語彙で屁理屈をこねる女子である。
「それで、ほんとのところはどうなんですか? イチカさんとミアさん、お付き合いの程は」
「そこに関しちゃ、マジで何もないよ……そもそも、出会ってからまだ日が経ってないし」
「恋に月日は関係ありませんよ。そりゃ、積年の片思いを成就させるのも一興ですが、燃えるように焦がれる一目惚れだって立派な恋です」
「語るじゃないか。お前だって別に、恋をしたことがあるわけじゃないだろ?」
「さあ。何分覚えていないものですから」
しまった。
楽しく会話をしていた所為で、ついついデリカシーのないことを言ってしまった。
「まあ私のことですから、きっと引く手数多の大所帯で男子を侍らせていたでしょうね!」
「どんな自信だよ」
魔性の女過ぎる。
……と言うか、自分の記憶がないことを気にしていないのだろうか?
いや、そんなわけがない。
今の軽口も、気丈に振舞うための虚勢なのだろう。
それを思うと、急にレヴィのことが愛おしく見えてきた。
「なあ、レヴィ」
「なんですか、イチカさん」
「ハグしてやろうか?」
胴体に回し蹴りを入れられた。
クリーンヒット。
「ぐぅ……急に何をするんだ……」
「急なのはそっちです! 後ろから襲うだけに飽き足らず、今度は正面から抱きつこうというんですか!」
「誰も正面からとは言っていないぞ。あすなろ抱きよろしく、背後から腕を絡ませるんだ」
「あすなろだがマシュマロだか知りませんが、絶対にやめてください!」
全力で拒絶された。
ふむ……僕はただ、健気に生きる少女を優しく抱きしめてあげたかっただけなのだが、どうやらこの想いは伝わらないようである。
「不満そうな顔をしないでください。ぶっ殺しますよ」
「物騒過ぎるだろ」
冗談の類だとは思うが(冗談だよね?)、スキルなんて能力が存在するこの世界では、子どもであろうと気に入らない相手を簡単にぶっ殺すことができるので、困りものである。
「……そう言えば、レヴィのステータスってどんな感じなんだ?」
「それも覚えてないんですよねー。ちょっと見ておきますか」
言って、レヴィは【スタート】と唱え、自分のステータス画面を確認する。
よかった、ステータスやスキルといった概念自体は覚えているみたいだ……それも忘れていたらかなりややこしい説明をしなきゃいけなかったので、手間が省ける。
「……」
……ん?
何やら、レヴィが目を丸くして固まってしまった……自分のステータスが低すぎて、ショックでも受けたのだろうか?
「どうした? まさか、レベルが1だったりとか?」
「……」
「おい、おいって」
こちらの軽口にピクリとも反応しないレヴィを心配し、僕は右手を伸ばす。
肩でも叩いてやろうかという、何てことないスキンシップのつもりで。
けれど。
そんな僕の右手は――空を切る。
レヴィが不自然な動きで上体を逸らし、こちらの手を躱したのだ。
「えっと……」
「……あ、すみません、何でもないです……さ、行きましょうか、イチカさん」
そう言って、レヴィは僕から距離を取るようにスタスタと歩き出した。
「……」
突然身体に触ろうとしたから警戒されたのだろうか。
さっきまでもっと強度の強いスキンシップをしたりされたりしていた気もするが……まあ、普通に僕が悪い。
相手は出会ったばかりの子どもなのだから、驚かせないように慎重に接しないと。
僕はレヴィの後を追う。
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