真実 001
結局、僕はレヴィにアイスを二個だけ奢ることになった。
お腹一杯だそうだ。
鉄の胃袋が聞いて呆れる。
「今日は調子が悪かっただけです……日を改めれば余裕ですよ。具体的には十五年くらい」
「改め過ぎだろうが」
そんな会話をしつつ、ミアと待ち合わせをしている街の東へと向かう。
ここら一帯には所狭しと街灯が並べられ、深い闇に覆われるサリバの中でも夜通し賑わっているらしい。
「あ、イチカ~、レヴィちゃ~ん。こっちこっち~」
と、不意に近くの酒場のテラス席から声を掛けられた。
見れば、既に赤ら顔のミアがこちらに手を振っている。
「よ、お疲れ。そっちの調子はどうだった?」
「んー、まあ、上々って感じ~?」
ミアは右手に持ったジョッキを上下に動かし、ふにゃふにゃと答える。
どうやら大分できあがっているらしい。
僕とレヴィも席に着き、適当にお酒と食事を注文する。
「じゃあ、一日お疲れ様」
届いたグラスを持ち上げ、乾杯。
ミアに追いつきたいわけではないが、一人で酔わせるのも可哀想なので、グイッと煽る。
「おー、イチカさん、いい飲みっぷりですね」
僕の隣でジュースを飲むレヴィが感心するように言った。
「別に得意ってわけじゃないんだけど……まあ、最初くらいはな」
「付き合いがいい方ですね。私、どうしてもお酒の味が苦手で、お二人が羨ましいです」
この国には未成年の飲酒を縛る法律はないので、飲もうと思えば〇歳児でも飲むことはできる。
が、レヴィはそもそもお酒自体を受け付けられないようだ。
「冒険者に酒はつきものってね! 私も昔は飲めなかったけど、訓練のお陰でこの通りよ!」
言って、ミアはジョッキに並々注がれていたビールを飲み干す。
大変気持ちいい飲みっぷりだが、こいつの酒癖の悪さを知っている僕からすれば戦々恐々だった。
「ミア、もうそのくらいにしとけって。今日はレヴィもいるんだし……」
「なーに言ってんのよイチカ! 初めて一緒に飲む相手がいる時こそ、いつも以上に気合を入れなきゃ!」
「どこの体育会系だよ」
非常に迷惑なので是非やめてほしい。
またぞろ暴れ出しでもしたら、今度こそ他人の振りをして置いていこう。
「ところで、ミアさんは昼間何をされてたんですか? ギルドに用事があるって言ってましたけれど」
既に次のビールを注文し終えたミアに向けて、レヴィが質問する。
そう言えば、そんな風に誤魔化して別行動をしたんだっけ。
実際はレヴィを預ける福祉施設を探していたわけだが……いくら酔っていても、ポロッと本当のことを言うミアではない。
そこら辺はしっかりと、別の理由を考えているはずである。
「……昼間? 昼間私、何してたんだっけ? あれ~?」
……前言撤回。
ただのポンコツだった。
「早い時間から飲み始めちゃったから忘れちゃったわ! あはははは!」
「そ、そうですか……」
レヴィは引きつった笑みを浮かべ、ミアから目線を逸らす。
「ほらほらレヴィちゃん、お手手がお留守になってるわよ。ご飯を食べるかジュースを飲むか、常に手を動かしなさい!」
「い、今はちょっと、休憩を……」
「人の金で飲み食いしてるんだから言うこと聞きなさいよね!」
「横暴です⁉」
慌ててジュースを飲むレヴィだった。
「その調子よ! さ、次次次、次のジュースを持ってきなさい!」
「お酒を飲めない人への配慮ができているのかいないのか微妙です!」
「酒を無理には勧めない。でも、液体は飲んでいてほしいの」
「どんな欲求ですか! お腹がタプタプになってしまいます!」
「そのタプタプになったお腹を触るのが私の趣味……ふふふっ……」
「イチカさんより変態ですか!」
さりげなく傷つけられた。
僕は全く変態じゃないので、不本意が極まる。
「液体で満たされたお腹を強めに圧迫して、口から逆流させるのよ……ああ、想像しただけで甘美だわ……」
「十歳児に聞かせていい話の範疇を越えてます! ミアさん、落ち着いてください!」
「私は相手が何歳だろうと対等に扱うわ」
「それ、聞こえはいいですけど、年上を蔑ろにしてますよね」
「私は相手が何歳だろうと見下して扱うわ」
「うわっ! ただの酷い人です! 性格悪っ!」
酔っ払い女と女児が、楽しそうに会話を繰り広げていた。
微笑ましい(?)。
「で、そっちの進捗はどうだったのよ、イチカ。レヴィちゃんの家族は見つかったの?」
「……この街にはコラリスって名前の人は住んでいないらしくてさ。見つからなかったよ」
「それは災難だったわね。一体どうなってるのかしら」
「ああ、ほんとにな」
ポンコツ同士で茶番を繰り広げ、新しく運ばれてきたグラスを再度煽る。
「お、今日は飲むわね~。こっちも負けてられないわ!」
「お前の勝ちでいいからもう飲まないでくれ」
僕は追加のビールを頼もうとするミアの右手を押さえつけ(ものすごい反発力だ)、お冷を注文した。
まだ満足に食事を取れていないが、ミアのポンコツっぷりに拍車が掛かる前にこの場をお開きにした方がいいだろう……恨めしそうな目で見られているけれど、無視無視。
「ごめんな、レヴィ。見ての通りミアが上機嫌過ぎるから、一旦この店は出ようと思う」
「全然大丈夫ですよ。さっきイチカさんに奢って頂いたアイスのお陰で、差し迫った空腹は回避できましたから」
机に突っ伏してしまったミアとは対照的に、とても朗らかな顔でレヴィは言う。
その屈託のない笑顔は、実に子どもらしくて。
僕は自然と――安心してしまった。
ああ、こいつはちゃんと人間に戻れていて、この世界で強く生きていけるんだろうと。
そう、思い込んでしまったのだった。
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