初めての仲間 002
僕は手元の写真にちらちらと目線を落としながら、酒場の中を練り歩いていく。
受付のお姉さんが言うには、アインズベルさんは数分前にパーティーメンバーの応募を出したらしい……余程のせっかちさんでなければ、まだどこかにいるはずだ。
幸い、アインズベルさんの容姿は結構目立つ感じなので、もしギルド内にいれば見つけることができるだろう。
肩まで伸びた金髪と、光り輝く金色の瞳……率直で安易な感想を述べさせてもらえるなら、ギャルみたいな子だ。
派手物好きそうである。
タバコとか吸ってそうだ。
……とまあ、勝手な偏見を膨らませながら(失礼)、僕はアインズベルさんを探した。
「にしても、レベル30ね……」
現在知ることができる彼女の情報……その中で一際目を引くのは、やはりその部分だろう。
レベル30の、Eランク冒険者。
全体で見れば低レベルの括りであるとは言え、僕なんかとは比べるべくもない。
見たところ年齢は同い年くらいだし、かなり精力的に魔物を倒してきたのが窺がえる。
そんな人が、どうして僕なんかとパーティーを組もうと思ってくれたのか、皆目見当つかない。
もしかしたら、僕のレベルが1であるのを見落としていたとか?
だとすれば、かなり気まずい空気になること必至である。
「会って確認するしかないよなぁ」
とにかく、アインズベルさんを探し出すのが先決だ。
止めていた足を再び動かし、酔っ払いの波をかき分けていると、
「喧嘩だったら買うわよ! 表に出なさい、表に!」
そんなドスの利いた女性の声が耳に届いた。
冒険者という職業柄、喧嘩っ早い女の人もいるのだろうなんて思いながら、野次馬よろしく騒ぎの中心に目を向けると。
そこには、見覚えのある顔。
金髪を振り乱しながらジョッキを掲げ、数人の男に食って掛かるような女の子に知り合いなどいないはずなのだが……
「……」
僕は手に持つ紙と、件の彼女とを見比べる。
うん、どうやら間違いないらしい。
あそこで暴れている女の子が、僕の探しているミア・アインズベルさんのようだ。
「……」
一旦見なかったことにしよう。
間違いないとは思ったが、しかし人違いの可能性はまだ充分にある。
ここで無理に話しかけに行って、あの酒乱な女子がアインズベルさんだと確定させたくない。
そんな風に現実逃避をはじめた僕と、彼女の目がピタリと合う。
「ちょっとそこのあんた! 男なら見て見ぬ振りしないで助けなさいよね!」
アインズベルさんが大声で叫んだ。
場をなだめようとしている大人に羽交い絞めにされながら、随分と元気そうである。
「……勘弁してくれ」
誰にも聞こえない音量で呟いてから、僕は彼女の元へと向かった。
どうにかこうにかアインズベルさんをギルドの外へと引っ張り出し、少し歩いた先にあるベンチに座らせる。
今頃、ギルド内はてんやわんやの大騒ぎになっているだろう……誰か一人が暴れ出したら、そこかしこで喧嘩が始まるものなのだ。
「いやー、ごめんごめん。私、お酒が入ると怒りっぽくなっちゃうのよね~」
夜風に当たったことで頭も冷えたのだろう、アインズベルさんは照れくさそうに笑う。
「程々にしておいた方がいですよ。酒は飲んでも飲まれるなって、よく言うでしょ?」
「何それ、おっさんみたいなこと言わないでよ」
高野一夏として二五年、イチカ・シリルとして十七年、計四二年生きている僕におっさんは禁句なのだが、それはいいとして。
「ま、逃げないで加勢してくれたのには感謝してるわ……えっと……」
「……イチカ・シリルといいます」
僕は目を合わせないまま自己紹介をする。
なし崩し的に出会ってしまった所為で、どんな顔をしていいのかわからないのだ。
「ああ、あなたがイチカね! 私はミア・アインズベル、ミアでいいわよ。あと、敬語は禁止」
見た目通りのサバサバ加減と言うと語弊はあるだろうが、随分さっぱりした対応をする女子である。
僕に興味がないとも言える。
「……わかったよ、ミア」
「わかればよろしい。そっかそっか、あなたがイチカね~」
アインズベルさん改め、ミアは上機嫌に鼻歌を歌い出す。
「……その、ちょっと聞きづらいんだけど、さっきはどうして揉めてたの?」
「んー……まあ、ムカついたから?」
酷く単純な答えが返ってきた。
僕からのジトッとした視線を感じてか、ミアは取り繕うように口を開く。
「いやいや、私だって別に何でもかんでもムカつくわけじゃないのよ? 今回のはちょーっと頭にきたというか……何にせよ、見てもらった方が早いかな」
言って、ミアは右手を前方に掲げ、【スタート】と唱える。
当然、そこにはマナによって構成された青白いステータス画面が映し出された。
レベル30に相応しい、中々の数値が並んでいるが……ん?
「まあ、こういうことなんだけど」
ミアの言うこういうところと、僕が目を向けている部分は恐らく一致しているだろう。
スキルの欄……そこに書かれている文言が、問題だった。
【乙女の一撃】。
それが、ミアの抱える問題点。
「与えるダメージが全て1になる……こんなスキルを習得しちゃった所為で、私は冒険者として崖っぷちに立たされたってわけ」
ミアは肩を落とし、大きなため息をつく。
「さっきの喧嘩も、このスキルを馬鹿にされたのが発端だったんだけど……そりゃ、馬鹿にしたくもなるわよね。与えるダメージが1って、そこらの子どもの方がマシって話よ」
「……」
僕は黙って、ミアの話を聞くしかなかった。
彼女のレベルがここまで上がっているということは、それまでは順調に魔物を倒せてきたということだろう。
だからきっと、【乙女の一撃】を習得してしまったのは最近のことで。
ミアの中で、その事実を消化しきれていないのだろう。
「つい二、三週間前、レベルが30になったタイミングで、突然このスキルが発現したの。最初は自分の目を疑ったわ……どんなに強いスキルを使っても、そのダメージは1になるっていうんだから、お笑い草よね」
「……スキルを習得した時には、パーティーを組んでなかったの?」
「私は基本的に一人が好きだから、ずっとフリーでやってきたわ。このスキルの所為で、そうも言っていられなくなったってわけ……ギルドを転々としながら、仲間を探してたの」
「それで、僕の募集を見つけたってことか」
「そういうこと」
ミアは伏せていた顔を上げ、僕の目を覗き込んでくる。
金色の瞳が、月明かりを反射していた。
「レベル1のこの人なら、マイナススキルを持った私ともパーティーを組んでくれるかもしれないって、そう思ったの。もちろん、戦闘じゃ役に立たないわ。でも、レベル30まで上げたノウハウと知識とか、経験みたいなものは伝えられるんじゃないかなって……だから、その……」
そこから先のセリフを、彼女に言わせるわけにはいかなかった。
その先は、僕が言うべきだろう。
「こっちからお願いするよ、ミア。僕の仲間になってほしい」
僕の言葉を聞いて、ミアの顔が明るくなる。
けれど、助かったのは僕の方だ。
ミアの方にそのつもりがないとしても、結果的に事態は好転していくようである。
これがカミサマの思し召しだと言うのなら、世界ってやつは、随分聞き分けがいいらしい。
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