肝試し 002
「全然楽しくない! もう嫌だ、私帰る!」
駄々っ子が可愛く見える勢いで騒ぐミアを引きずりながら、僕は墓地の中を進んでいた。
「だから、帰るなら一人で小屋に戻ってなって」
「イチカの鬼! 鬼畜! か弱い女の子を一人にするとか、あり得ないんですけど!」
散々な言われようである。
そもそも、そんなに怖がりならサリバに来るのを嫌がってくれればよかったのに。
「ほんとに無理そうなら、今日は二人で街に戻ろうか? 明日の夜、僕だけで探索に来るからさ」
「うー……絶対呆れてるでしょ。私だって、さすがにこの歳になったらお化けとか幽霊とか大丈夫になってると思ったんだもん。いけると思ったんだもん」
「もんって、語尾が可愛くなってるぞ」
「いけると思ったうに」
「うに⁉」
果たしてそれは可愛いのか判断できないが、どうでもいいとして。
「でも、こんな風に足に引っ付かれてたら、いざという時にお互い困るじゃん? やっぱり今日はやめにして……」
「平気だし! 全っっっっ然平気だし! 怖くなんてないし! ミアちゃん超元気だし!」
急に立ち上がった。
感情の起伏が激し過ぎる……一体どんな気持ちでいるのだろうか。
めちゃめちゃ涙目だし。
「私をお荷物だと思わないで頂戴! さ、行くわよイチカ!」
どうやら僕の足を引っ張りたくないということらしい。
つい数秒前まで物理的にしがみついていたのだが、それには触れないでおこう。
「さあ、どっからでもきなさい、この卑怯者たち! 正々堂々、正面切ってやり合おうじゃないの!」
虚勢を張って恐怖心を振り払うという作戦に出たミアは、いもしない敵を挑発し始める。
傍から見たら完全に狂人だが、そっとしてあげよう。
……それにしても、かなり広いな、この墓地。
全部を見て回ろうとしたら、かなり時間が掛かりそうだ。
「なあ、ミア。その元気が本当になってきたらでいいんだけど、一つ提案していいかな」
「ほんとに元気に決まってるでしょ! こんなのピクニックと一緒よ!」
「そりゃ重畳。じゃあ、今から二手に分かれようか」
「ごめんさい嘘です一人にしないで‼」
泣きつかれてしまった。
まずい、普段気丈なミアが弱っているのを見て、僕の中の加虐精神が刺激されている……。
「ごめんごめん、冗談だよ……ただ、如何せんこの墓地が広いからさ。このままのペースだと日が昇るまでに探索し終わらないかなって」
「それは……そうだけどぉ……でも、これ以上速く歩けないもん」
「また語尾が可愛くなってるぞ」
「歩けないしゅら」
「修羅⁉」
それは絶対に可愛くない。
「でも、これだけ探しても魔物の気配すらしないわよ? 墓守のおじさんの言う通り、アンデッドなんていないんじゃない? やっぱりカミサマの嫌がらせなんじゃないの?」
「これだけって程探し回ってないけど……まあ、その可能性はあるかな」
ようやく落ち着いて話ができるようになったミアの指摘はもっともだった。
第一、地元のギルドが強力な魔物の存在を把握していない時点でおかしいのだ。
何かしらの被害があれば依頼が舞い込むはずだし、逆説的に、この街に被害は発生していないと言える。
マジで嫌がらせか、これ。
あの性悪な真っ白少女ならやりかねない。
「……じゃあもう少しだけ粘って、何もなかったら街に戻ろう。ミアも怖がってるみたいだし」
「はあ⁉ 私のどこが怖がってるっていうのよ! 風評被害もいいとこだわ!」
相変わらず態度と言動が一致していない奴だ。
さて、次はどんな風にからかってやろうかと企んでいると、
ブルッ
全身に、寒気が走る。
「――っ」
脊髄に液体窒素を流し込まれたような悪寒……背筋が凍るなんてものじゃない、身体機能の全てが瞬間冷凍されたと錯覚する程の寒気が、断続的に襲ってくる。
「い、イチカ⁉ こ、これ、ちょっと、ま、まずいんじゃない⁉」
同様の異常を感じ取っているのだろう、ミアが両肩を押さえながらブルブルと震え出した。
僕ら二人に影響が出ているということは、恐怖心や精神的な作用ではなく、何らかのマナによる反応のはず。
僕らの近くに、ナニカがいる。
「……っ! イチカ、下っ‼」
ミアの叫び声が聞こえると同時に、僕の足元の地面が罅割れた。
ボコボコと土が盛り上がり――地中から、無数の人間の腕らしきモノが生えてくる。
「くっ!」
咄嗟に避けようと試みるが、全身の機能が鈍っていて、思うように身体が動かせない。
結果、右の足首を謎の腕によって掴まれてしまった。
数秒後。
掴まれた部分が紫色に腐食していき、僕の右足首が腐り落ちる。
「――っ、いってえええええええええ!」
なんだこれ、魔物のスキルか?
とにかく、この腕たちから距離を取らないとまずい!
僕は両手と左脚を使って三足歩行の姿勢を取り、全力でその場から逃げだす。
無様もここに極まれりと言った感じだが、命には代えられない。
「はあ……はあ……」
何とか腕の密集地帯から抜け出た僕は、上がった息を無理矢理整える。
落ち着け、落ち着け……焦ったって状況は改善しない。
「イチカ、大丈夫⁉」
「大丈夫……ではないかもしれないけど、とりあえず生きてはいるかな」
「っ! イチカ、足が……」
ミアは僕の右足が腐り落ちたことに気づき、何とも言えない表情で絶句する。
仲間の身体がいきなり欠損したらそんな反応にもなるだろうが……今ここで悲しみに暮れてもらうわけにもいかない。
「ミア、落ち着いて。とにかく、あの魔物を何とかしないと」
幸い、と言っていいものなのか、謎の腕の集合体は出現した場所から動かず、うねうねと蠢いているだけである。
僕やミアに追撃を仕掛けてくる様子は、今のところない。
あの下に本体がいるとして、もしかして身動きが取れないタイプの魔物なのか?
さながらトラバサミのように、あの上を通った人間にのみ反応するとか?
仮にそうだとしたら、我ながらついてないとしか言いようがない……この広い墓所で、ピンポイントで地雷を踏み抜いたようなものなのだから。
「……っ」
だが、僕の予想を完全に裏切る形で、魔物は動き出す。
正確には、魔物たち、だ。
ボコッ
ボコボコッ
ボコボコボコッ
僕らの周り――墓場の至る所から、そんな不快な音が鳴り響く。
考えるまでもなく、見るまでもない。
地中に埋まったアンデッドたちが、一斉に這い出てくる音だ。
「……」
くそ、何がたまーにしか出てこないだ。
こいつらは、ずっと地下で眠っていただけじゃあないか。
それが何をきっかけに目覚めたのかはわからないが――事実として。
僕らは、大量のアンデットに囲まれている。
正式な名前を、ゾンビ。
人間を模した身体をしているが、全身がドロドロに溶解し、耳障りなうめき声を上げている。
アンデッド系の中でも、低級のEランクに位置する魔物である。
だがいくら低級と言えど、この物量は脅威でしかない。
それに言わずもがな、僕みたいなレベル1の人間は触れることすら許されない、【腐食】のスキルを持っている。
「……やるしかないわね」
僕より先に覚悟を決めたのは、ミアだった。
差し迫る危険に対し、冒険者としての本能が働いたのだろう。
「その足、痛むと思うけど、踏ん張れそう?」
「……当然。むしろ丁度いいハンデじゃないかな」
精一杯格好をつけて、僕は墓石を杖代わりに立ち上がる。
さて、当初の予定とは大分違う装いにはなったけれど。
肝試しは、佳境に差し掛かったようだ。
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