肝試し 001
「もう無理だって……帰ろうよぉ、イチカァ……」
僕の背後に隠れて袖を引っ張っているミアが、震えた声で提案してくる。
分厚い雲によって星明りが隠れ、手元で頼りなく光るランタンのみが足元を照らす中、僕たちは不気味な墓地を歩いていた。
時折聞こえる魔物とも動物とも判別できない歪な鳴き声が、より一層の不安を演出している。
「ねーイチカ……やっぱり、朝に探索しない? 明日改めて来ればいいじゃん」
「いや、さっきも言ったけど、アンデッドが出てくるのは陽が落ちてからだし……朝じゃ意味ないだろ?」
「それはそうだけどぉ……ひんっ⁉」
ゴーッと吹く風の音に驚いたのだろう、ミアは情けない悲鳴を上げてその場にうずくまってしまった。
「……えっと、そんなに怖いなら小屋で待ってる?」
「一人であの小屋にいるのも無理! 誰かと一緒じゃなきゃ無理! 無理無理無理ぃー!」
「……」
そんなに大声を出す元気があるなら何とでもなりそうだが、女心というモノは不思議である。
足枷のように右脚に引っ付いて動かなくなってしまったミアを引きずりながら、僕は墓場の奥へと進んでいった。
……こんなことになるなら、やっぱり来るんじゃなかったかなぁ。
今更ながら自分の選択に後悔の念が押し寄せるが、もう遅い。
まあこれも、好きに生きようとした結果なのだと、潔く受け止めよう。
◇
話はそれ程遡らず、一週間前。
アルカの街を発つために荷造りをしていたところに、真っ白なカミサマが現れたあの日である。
そこで僕は、彼女から雑談と称する嫌がらせを受けた。
曰く、サリバという街の墓所にアンデッドが住み着き、住人が困っていると。
その話を聞いた上でお前はどう動くのかと、そう問われたのである。
「サリバ? 聞いたことがあるようなないようなって感じね」
迷いに迷った僕は、とりあえず仲間であるミアに相談することにした。
「そのカミサマって人が現れて、好きにしろって言ったの? わざわざ?」
「まあ、そうなるかな」
「話を聞くだけだと、大分おかしな人よね」
「直に会っても同じ感想だと思うよ」
アルカの西にある噴水広場のベンチに腰掛けながら、僕らはカミサマの悪口を言い合う。
バレたら大変だ(バレてるだろうけど)。
「ただのお節介で裏はないって言われても、気になるわよねぇ……理由なくそんな話をするなんてあり得る?」
「あの人のことを詳しく知ってるわけじゃないけど、あり得ると思う」
と言うか、散々意味深な素振りをしていたのは、僕への嫌がらせにも思えてきた。
難しい顔をして悩む僕を見て、ほくそ笑んでいたのかもしれない。
彼女ならそれくらいのことは平気でやりそうである。
「うーん……何かこう、掌の上で踊らされている感って言うの? 私たちの意志とは関係のないところで話が進んでいくのって、正直気持ち悪いけどね」
忌憚のない意見だった。
だが、そう感じるのももっともだろう……自分の与り知らぬところで状況が決まっていくことに対し、嫌悪感を抱くのは当然である。
もっともカミサマ曰く、これから何をするかは僕次第らしいが。
サリバに行くも行かないも、僕が決めることなのだ。
「で、イチカはどうしたいの? 嫌なら嫌で別の街にいけばいいし、そんなに重く考えなくてもよさそうだけど」
ミアの言う通り、そこまで真剣に悩むことでもないのだろう。
なんならコイントスで決めたっていいくらいだ。
それがわかっているのに、どうして僕が女々しくもウジウジしているのかと言えば……カミサマの話に乗りたがっている自分に気づいているからである。
癪に触るのだ。
あの真っ白な少女に僕の全てを見透かされているような気がして、落ち着かない。
彼女は僕に旅の目的を与えた。
その目的を自分自身の力で見つけたいと思っていたからこそ、素直に受け止められないのだろう。
……と、自分の気持ちを整理できたところで、なんて子どもっぽい理屈をこねていたのかと苦笑する。
せっかく降って湧いた話なのだ、裏があろうとなかろうと、試しに乗ってみるのも悪くない。
僕らの旅は、始まったばかりなのだし。
「……そしたら、もしミアが良ければ、サリバに行ってもいいかな?」
この時、もう少し僕に相手を慮る余裕があれば、ミアの引きつった笑みに気づくことができたかもしれない。
アルカの街を出て丁度一週間。
僕とミアは、目指していたサリバに辿り着いた。
僕らは早速ギルドを訪ねたのだが、クエストボードにアンデッド退治の依頼はなく、しばらく首を捻ることになる。
とにかく情報を得ようと、受付のおねーさんに尋ねたところ、
「お墓のことでしたら、墓守のイガッテさんが詳しいと思います」
人当たりの良い笑顔で、そのように教えてくれた。
善は急げということで、墓守のイガッテさんに会いに行く。
サリバの街をずっと北へ進み、郊外の森を抜けた先に、イガッテさんの住居はあった。
「アンデッドですか?」
不審者よろしくいきなり訪ねてきた僕らを快く招き入れてくれた彼は、不思議そうな表情を浮かべる。
「そりゃ、墓場なんでたまーに出てきますけれど、そういう時はすぐにギルドに依頼をするんです。そしたら、その日のうちに退治してくれますから」
「……えっと、ギルドの人間でも討伐できないような強力なアンデッドがいると聞いたんですけれど」
「はあ……少なくとも、私が先代から墓守を継いだ五十年の間には、そんな強い魔物に出会ったことはありませんけどねえ」
イガッテさんは深みのある声でそう否定する。
まさか墓守が嘘を吐くわけもないだろうし、彼の言葉は本当なのだろう。
「……ちょっと、どういうことよイチカ。話が違い過ぎじゃない」
「……僕も混乱してるよ」
「……カミサマって奴が適当こいたんじゃないの?」
「……その可能性もあるけど、もう少し調べてみてからじゃないと何とも言えないよ」
僕らが戸惑いながらひそひそと会話をしていると、イガッテさんはおもむろに立ち上がり、部屋の奥へと消えていく。
しばらくすると、何か機械のようなものを持ってきて机の上に置いた。
「これはマナランタンといって、空気中のマナを利用して発光できる装置です。サリバの夜は年中雲が分厚く、僅かな星明りさえも届かないので、街の中心部以外を歩く時は必須なんですよ」
「はあ……そうなんですか」
どうしていきなりランタンを持ってきたのか、すぐには理解できなかったが。
間を置かず、イガッテさんは続ける。
「この家からしばらく北へ行くと、墓守用の小屋があります。その先が墓所になっているので、今日の夜にでも様子を見てきてもらえませんか? その強力なアンデッドの話が本当なら、私のような一般人が番をできるとも思えませんし……どうかよろしくお願いします」
こうして、半ば押し付けられる形で墓所の見回りをすることになった僕らは、夜を待つことになったのだった。
楽しい楽しい、肝試しの始まりだ。
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