VSドラゴン 003



 ドラゴンの攻撃は激化の一途を辿り、周りを取り囲む冒険者たちは苦戦を強いられているようだ。

 これ以上被害を増やさないためにも、迅速に事態を収拾する必要がある。


「……本気ですか、イチカさん」


 僕から作戦の内容を聞いたレヴィが、神妙な面持ちで訊き返してきた。


「ああ、本気だよ」

「私としてはあまり、と言うかかなり心配な作戦なんですが……」

「確かに、レヴィに危険が及ぶ可能性も少ないながら存在する。それが嫌なら遠慮なく言ってくれ。別の方法を考えるから」

「いえ、私はかまわないのですが……そんなことより、イチカさんですよ」

「私も心配だわ」


 僕らの横で話を聞いていたミアが、すっと近づいてくる。


「今の作戦、不確実な部分が多い……それに、またイチカだけが危険な役目を負うわけ? それじゃあ私たち、仲間である意味がないでしょ」

「適材適所ってやつさ。今回は僕が適任ってだけで……たまにはミアも身体張ってくれよ?」


 僕の笑顔を見て、ため息をつくミア。


「……止めても無駄なんでしょうね」

「そうだな。リスクとリターンを天秤にかけた結果だし」

「……私の言葉だけど、それ、考え直そうかしら」


 言って、ミアは再度大きなため息をついた。


「……わかったわよ。私はここで待機してる。仲間を信じるっていうのも、仲間の務めだわ」

「悪いな、心配かけて」

「いいのよ。もう慣れてきちゃったし」


 僕が危険な目に遭うのは日常茶飯事になりつつあるのだろうか。

 まあ、レベル1だし仕方がないことである。

 早いうちから慣れてもらうに越したことはない。


「イチカさんがそこまでおっしゃるなら、私も協力しますよ」


 ミアが折れたことで、レヴィも前向きになってくれたらしい。


「よし、じゃあ即行動だ。時間を掛けてちゃ意味がない」

「わかりました。覚悟してくださいね、イチカさん」


 僕とレヴィは一歩、前に出て。

 それから。

 互いに――固く手を結んだ。






 ドラゴンの炎に焼かれず接近するために、僕が考えた方法……胸を張る妙案でもないし、作戦と呼べる代物でもないが。

 それは、

 【墓荒らしトゥームレイダー】。

 レヴィの持つ、地面の中を自在に進むことのできるスキル。

 これを使えば、地上にいるドラゴンに気づかれることなく接近できる。

 馬鹿正直な正面突破に比べれば、かなり現実的な案と言っていいだろう。


 ただ、問題点がないでもない。

 例えば、地中での高速移動に生身の人間が耐えられるのかとか。

 地上の様子が窺えないので、飛び出すタイミングは運任せとか。

 レヴィの手に触れることで――僕が腐っていくとか。

 けれど、この程度のリスクは背負うべきものである。

 少なくとも、無謀とまで言われる作戦ではない。

 僕の持つ不死身のスキル、【不死の王ナイトウォーカー】をフルに活用すればいいだけだ。


 全身を貫く苦痛と激痛に耐え。

 痛みで吹き飛びそうになる意識を繋ぎ止め。

 僕は、レヴィの腕を掴み続ける。

 腐り、再生し、腐食し、治癒し。

 永遠に続くと思われる痛みの連鎖は、しかしほんの数秒の出来事である。


 暗闇を切り裂く光。

 地中を掘り進んでいた僕らが、地上へと這い出た証拠。

 そこは丁度――ドラゴンの真後ろ。

 その距離、ぴったり一0メートル。


「あとは任せましたよ、イチカさん!」


 レヴィは勢いそのまま僕を放り投げる。

 宙に舞い、ドラゴンの背を捉えた僕は。

 右手を、前に突き出す。


「【神様のサイコロトリックオアトリート】!」


 光が直進し、ドラゴンを包み込んだ。

 これでスキルの効果が発動する。

 対象の生命力を1にする、最強の力。

 直後。

 誰かの放ったスキルがドラゴンに命中し。

 その巨体が、咆哮と共に砕け散った。


「なっ、何が起きたんだ⁉」

「急にドラゴンが死んだぞ!」

「まだ生命力は残っているはずだろ? 一体どうして……」

「さっきの光は何なんだ! あのスキルのお陰か?」


 空中から自由落下して無様に尻もちをついている僕の耳に、冒険者たちの驚きの反応が届く。

 しばらくボケっと座っていると、


「おい、レベル1の小僧」


 背後から、明確に僕へ向けられたセリフが聞こえてきた。


「えっと……あなたは、さっきの」


 振り返れば、先刻話しかけてきた冒険者パーティーのリーダーが、口を真一文字に結んで僕を見下ろしている。


「……」

「……あの、何か」

「……俺は、見ていた。お前がいきなり地面の中から飛び出して、何かのスキルをドラゴンに向けて放ったのを」

「……」

「その瞬間、ドラゴンは死んだ。俺たちの計算じゃ、倒すのにまだ一時間は掛かるはずだった……一体、何をしたんだ」

「別に何も。ただちょっと、灸を据えてやっただけですよ」

「……そうか。いや、同業者にスキルの内容を訊くのはマナー違反だったな。すまねえ」


 男は頭を掻き、僕の横を通り過ぎていく。


「俺たちは街の東部に行く。お前はドラゴンのコアを回収してな」

「え? でも、このコアはみんなで……」

「レベル1のガキに助けられたあとでコアまで奪えるかよ。俺たちにもプライドくらいある……それにまあ、せめてもの礼だ」


 言って、彼はわざとらしく唾を吐いた。


「おらおめーら、さっさと移動すんぞ! 負傷者はギルドへ運べ! まだまだドラゴン共はうろついてるからな、気合入れろよ!」


 おー! と雄叫びをあげながら、冒険者たちが足早に去っていく。

 あっという間に喧騒が落ち着き、僕たちだけが残された。


「……」


 僕は腰を上げようとして、身体に力が入らないことに気づく。

 どうやら、無事にドラゴンを倒せたことで気が抜けているらしい……全く、そんな暇はないというのに。

 ただまあ、ある種の達成感に包まれているのは事実だった。

 余韻に浸っているわけにもいかないが――少し。

 ほんの少しだけ、自分を褒めてもいいかなと。

 そういう気持ちになった。


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