最強コンビ


「そう言えば、冒険証は手に入った?」


 昼食を食べ終えて一息入れたところで、ミアが事も無げに聞いてくる。

 先程までの下ネタトークには飽きたのだろう、えらく普通の会話だ。


「ああ、この通り無事にね」

「ふーん……ほんとにレベル1なんだ、イチカ」


 ミアは僕の冒険証を人差し指の上で回転させながら(器用だ)、ボーっと天井を見つめる。


「この街に来る前から冒険者をやってたんだっけ?」

「山向こうのルッソ村ってところで、幼馴染三人と一緒にね」

「フリーの冒険者ってことかぁ……私も考えたんだけど、ギルドに入る方がいろいろ楽だと思ったのよねぇ」

「まあ、大きな仕事をしたいんだったらギルドに入って正解なんじゃないか? やっぱり個人でやってると限界があるし」

「そりゃ、正論で考えたらそうだけど。フリーの冒険者って、なんかこう、グッとくるものがあるじゃない? 国に屈服しない一匹狼みたいな」


 わかるようなわからないような気持だった。

 実際、僕は四人で行動していたので、全然一匹狼じゃなかったし。

 何ならレベル1だし。

 一人だけ子犬のままである、ワンワン。


「で、その仲良し幼馴染とはどうして別れちゃったわけ?」

「ぐっ……」


 ミアに悪気はないのだろうけれど、直球ど真ん中150キロを鳩尾に食らった気分である。


「……まあその、音楽性の違い的な」

「どこのバンドマンよ」

「僕のギターサウンドが気に入らなかったらしい」

「理由が典型的過ぎるし、そもそもイチカはベース弾いてそうな顔だけどね」


 否定しづらい偏見をかまされた。

 ちなみに、この異世界にも普通に楽器の類は存在し(姿形は少し違うが)、音楽が盛んな地域もあるらしい。


「ちょっといろいろあってさ。実はまだ整理し終わってないんだ」

「なら聞かないでおくわ。もし話したくなったらいつでも言ってね」


 何かを察したミアは、それ以上追求することなく視線を天井に戻す。

 引き際がいいと言うか何と言うか……年齢の割に大人びたところもある子だ。


「にしてもバンドかー……私、音楽はあんまり聞かなくてさー」


 と。

 恐らく場を繋ぐために話題を変えようとしたミアの指先から、僕の冒険証がすっ飛んでいく。

 あれだけ回していたらいつかは飛んでいくだろうと思っていたが、案の定だった。

 が、予想していなかったのはここからで。

 ミアの器用さのお陰でかなりの回転と速度を保持してしまった冒険証は、さながら手裏剣のように空を裂き。

 離れた席で酒盛りをしていた男の顔面すれすれをものすごいスピードで通過し、木製の柱に突き刺さったのだった。

 ちゃんちゃん。


「……誰がやりやがったごらああああああああああああ‼」


 そりゃ、男の方からしたらいきなり攻撃をされたようなもので、ぶち切れるのも無理はない。

 だがその口振りからわかるように、彼は自分が誰によって狙撃(?)されたかまでは把握していなかった。

 しかし、柱に刺さっているのは、何を隠そう僕の冒険証である。

 顔写真付き、バッチリ個人を特定できる代物だ。

 男は柱から冒険証を引き抜き、顔を真っ赤にしながら見つめている。


「えっと……やっぱり、謝りに行った方がいいかな?」

「何言ってんのよイチカ。あいつ、ここらじゃ有名なモルガンって荒くれ者よ? 恐喝盗み、何でもありのアホなんだから。話が通じる相手じゃないわ」


 そのアホのところに僕の冒険証をすっ飛ばしたのはミアなのだが、それは置いておいて。


「でも、冒険証を返してもらわないと困るし、あのまま放っておくわけにもいかないよ」

「別の支部で紛失届を出せば大丈夫よ。今はあいつを刺激しないように、こっそり逃げましょ」


 言うが早いか、ミアは姿勢を低くして忍び足で歩き始める。

 僕もそれに倣って、抜き足差し足で後に続いた。


「出てきやがれこの腰抜けがあ‼ このモルガン様に喧嘩を売っておいて、高みの見物でも決め込んでやがんのか‼」


 酒場の喧騒の奥から、モルガンの怒声が響く。

 こうなってくると、必然的に周りの冒険者たちも盛り上がってくる。


「おいおい、あんたに喧嘩を売る奴がいんのかい?」

「冒険証で狙い撃ってくるったぁ、中々キモが座ってやがんな」

「おい、ちょっと見せてくれよ……イチカ・シリル、だってよ。まだガキじゃねえか」

「お前ら、このガキを探せ! おもしれえ喧嘩が見れそうだぞ!」


 まずい、騒ぎが大きくなってきている。

 いよいよ名乗り出るわけにはいかない雰囲気だ。


「……待てよ? こいつ、レベルが1だぜ! この歳になるまで何やってやがったんだ! ガハハハッ!」

「マジかよ! こいつは傑作だぜ!」

「おいおいモルガン、あんた、レベル1のガキに舐められてんのかよ」


 誰かが僕のレベルに気づいたようで、群衆の盛り上がりは最高潮に達した。


「レベル1だと? そんなクソ雑魚が、レベル40の俺様に喧嘩を売ったってのか? 今すぐ捻り潰してやるから出てきやがれ! それとも何か? レベル1の腰抜けは、満足に喧嘩も売れねえってのか? だったら冒険者なんて辞めちまえ、軟弱野郎が!」


 不幸な事故が原因にしろ、随分な言われようである。

 まあ、こちとら幼馴染にも無能扱いされたので、今更他人にどうこう言われてもそこまで気にしないが……


「ちょっと待ちなさい!」


 いきなり、前を行くミアが声を荒げた。


「黙って聞いてれば、いい気になってるんじゃないわよ! あんたたちがイチカのことを馬鹿にしていい道理なんてないわ!」

「ちょ、ちょっとミアさん……落ち着いて……」


 僕の制止は遅すぎたようで、ミアに気づいたモルガンがずんずんと近づいてくる。


「おい、クソガキ。お前、イチカって野郎の連れか?」

「連れじゃなくて仲間よ、おじさん」

「どうやら口の利き方もわからねえようだな、クソガキ。俺様に歯向かったらどうなるか、その身体にたっぷり教えてやってもいいんだぜ」

「残念だけど、あんたみたいな毛深い男はタイプじゃないの。自惚れないで」


 二メートルを超す大男に対し、ミアは全く怯まずメンチを切った。

 その度胸は大したものだが、この状況をどう収めるつもりなんだ?

 何か策はあるのだろうか。


「ほら、イチカ! やっちゃって!」

「丸投げ⁉」


 綺麗すぎるパスが飛んできやがった。

 うずくまって机の陰に隠れていた僕だが、名指しをされては出ていかないわけにもいかない。


「てめえか、俺様に喧嘩を売りやがった野郎は……女共々、度胸だけは買ってやる。だが、こっちにも面子ってもんがあるからよぉ。死なない程度に壊してやるから、覚悟しろ」


 言って、モルガンは両手をボキボキと鳴らす。

 かなり怒り心頭のようで、こちらの言い分を聞いてくれそうにない。


「そもそも、レベル1風情がギルドに入ろうなんざ、頭イカれてんじゃねのか? 冒険者舐めんじゃねえぞ。てめえみてえな軟弱野郎は、身の程を弁えて床掃除でもしてりゃいいんだよ!」


 モルガンはその巨体を揺らしながら、僕へと近づいてくる。


「……」


 対する僕は、頭の中で彼の言葉を反芻していた。

 身の程を弁えて、ね。

 生憎、その言葉を受け入れることはできない。

 前の人生では嫌と言う程弁えてきたけれど……イチカ・シリルは、自分の人生を好きに生きると決めたから。


「……っせえよ」

「あ? 何か言ったか、クソガキ」

「……どいつもこいつも、うるせえって言ってんだよこん畜生!」


 レベル1の僕が冒険者をやって何が悪い。

 無能が挑戦をして何が悪い。

 僕の人生は、僕が決めるんだ。


「【神様のサイコロトリックオアトリート】!」


 ギルド内に光が充満する。

 それを受け、ミアがにやりと笑った。


「【ファイヤトルネード】!」


 ミアの両手から放たれる炎の渦が、モルガンたちを飲み込んでいく。

 僕のスキルによって生命力が1になっていた彼らは、ミアの与える1ダメージによって、その生命力が0になり。

 マナの制御ができず――気絶した。


「最強コンビ、舐めんじゃないわよ!」


 ミアの誇らしげな声が、高らかに響く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る