生きて 002



「イチカさん⁉ 駄目です、やめてください!」


 僕に無理矢理右手を掴まれたレヴィは、精一杯腕を引き戻そうとする。

 が、所詮は十歳児の力……僕は一層強く彼女の腕を引っ張り、その手のひらを左胸に押し当て続けた。


「……ぐっ……」


 服が溶け、文字通りに胸が焼け、皮膚が爛れていく。

 レヴィの持つスキル、【彼岸の穢れゾンビフラワー】によって、僕の左胸が腐っていく。

 その手が触れた相手を腐らせてしまう、ゾンビのような力。

 だが。

 その腐敗を、新たに手に入れた僕のスキルが打ち消す。

 【不死の王ナイトウォーカー】。

 苦痛と引き換えに、どんな負傷をも瞬間的に治癒する能力――


「――――――――っ」


 全身をつんざく激痛に、意図せず呼吸が停止した。

 なるほど、これが代償となる苦痛ってやつか……この痛みが毎回のことなら、おいそれと怪我をするわけにはいかないようだ。

 僕は呼吸を整え、レヴィの手を離す。


「イチカさん、その胸……」

「……ビックリさせてごめん。一応、どんな怪我でも治るスキルを持っててさ」

「それは、何と言うか、おめでとうございます……?」


 突然の状況に混乱したのだろう、変な反応をするレヴィだった。

 それでいい。

 それでこそ、僕の知るレヴィ・コラリスだ。


「実はさ。僕、お前に殺されてるんだ」


 僕は語る。

 サリバに来た経緯、カミサマの存在、墓所での戦闘、新たに手に入れたスキル……ところどころかいつまみながら、簡潔に。


「……」


 話を聞き終わったレヴィは、何とも言えない表情を浮かべた。

 泣いているのか。

 それとも。


「……あろうことか、イチカさんを殺しているなんて……どれだけ謝っても済む問題ではありませんが、謝罪させてください」

「だから、子どもがかしこまるなって。それに、僕はレヴィを許すって言ったろ? これで僕に対するお前の罪は消えたわけだ」

「それは……でも……」

「納得はできないかもな。でも、詭弁でいいんだ。僕が許すと言ったんだから、この件は解決」


 僕は再び、レヴィの肩に手を添える。

 ただし、今度は優しく。

 強く掴まずとも、彼女はもう、逃げないだろうから。


「……お前がやってしまったことは変わらないし、変えられない。責任を取りたいという気持ちを責めるつもりもない……だけどな、レヴィ。少なくとも一人、お前を許した奴がいることを忘れないでくれ。せっかく許してやったのに、それでも死なれちゃ寝覚めが悪いぜ」

「イチカさん……」

「それと、ここからは僕の我儘なんだけど……やっぱり、生きててほしいよ。僕は、レヴィ・コラリスに生きていてほしい」


 お前の責任を肩代わりするとか、格好いいことは言えないけれど。

 泥臭く生々しい、ただの願望でしかないけれど。

 僕はお前に、生きていてほしいんだよ。


「……本当に、我儘な人ですね、イチカさんは」


 レヴィは言う。

 青い瞳を、ゆらゆらと震わせながら。


「元ゾンビで、人殺しで、イチカさんのことも殺して、相手を腐らせるスキルの所為で人間に触れなくて、この時代に家族はおろか知り合いすらいない私に、生きろと言うんですね」

「ああ、そうだよ。お前の望みなんて関係ない……だってこれは、僕の勝手な言い分なんだから。たくさん後悔して反省しながら、精一杯生きやがれ」


 僕は言う。

 レヴィの背後に、高野一夏の影を思いながら。


「……ありがとうございます、イチカさん」

「礼なんていいよ……それより、さっさと戻ろうぜ。ミアも心配してる」


 僕はレヴィの頭をひと撫でし、墓場に背を向ける。

 僕らが向かうべき方向は、こっちであっている。

 少なくとも――今のところは。


「あ、そうそう」


 背後にレヴィがついてきていることを気配で確認してから、僕は口を開く。

 今日は終始格好悪い姿しか見せていなかったからな……締めの言葉くらい、格好つけさせてもらうとしよう。

 キザにクールに、この墓地を去ろうじゃないか。


「もし人肌恋しくなったら、いつでも僕に、触らせてやるよ」





 サリバの市街地に戻った僕とレヴィは、ミアとの集合場所にしている宿の前で佇んでいた。

 数分後。


「レヴィちゃん⁉」


 街中を駆け回っていたであろうミアが、息も絶え絶えに姿を現した。

 頬は紅潮し、大きな目は更に見開かれている。


「ミ、ミアさん……」


 申し訳なさそうに俯くレヴィだったが、そんなのはお構いなしに突進するミア。


「無事でよかったぁ! もーほんと心配したんだから!」

「ミアさん⁉ お、落ち着いてください!」


 【彼岸の穢れ】の所為で人間に触れることができないレヴィは、両手を万歳してミアを躱した。


「ちょっと、何で避けるのよ」

「いろいろ事情がありまして……」

「イチカ、押さえてて」


 女王様のご命令とあらば仕方ないな。

 僕はレヴィの両手首を掴んで引っ張り上げ、ミア様の前に差し出した。

 傍から見ればイジメ以外の何物でもない。


「ちょ、ちょっとイチカさん⁉」

「さあー、覚悟するのよ!」


 実に微笑ましい、女子同士の触れ合いだった(ということにしておこう)。

 改めて数分後。


「……で、何があったのよ」


 これでもかとレヴィの身体を弄って満足したらしいミアが、冷静に問いかけてくる。


「えっと、実はいろいろあってだな……」

「イチカさん」


 と、僕が説明を始めようとしたところで、レヴィが制止してきた。


「……自分で話せますから。大丈夫です」

「……そうか」


 彼女の決意のこもった声を聞いて、安心する。

 大丈夫。

 レヴィは、もう大丈夫だ。

 僕は二人を宿の部屋まで送り、一人サリバの街へと繰り出した。

 星明りも届かない、真っ暗な夜。

 改めて見ると、意外と悪くないものだった。


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