真実 003


 果たして。

 僕の直感は珍しく正常に作動したようで……あの忌々しい墓地の入り口に、レヴィの姿はあった。

 蒼い髪が暗くくすみ、物憂げで不気味な空気に包まれている。

 まるで。

 まるで――ゾンビみたいに。


「……レヴィ」


 こちらの接近に気づいていない彼女の後ろから、そっと声を掛ける。


「っ……イチカさん」


 レヴィはビクッと肩を震わせたが、僕の方を見ようとしない。

 ただじっと、墓地を見つめていた。


「急にいなくなって心配したんだぜ? とにかく街に戻ろう」

「……いえ。私は街には戻りません。戻る資格がないんです」

「資格がない……?」


 彼女の言葉を受け、冷たい汗が頬を伝う。

 嫌な予感。

 こればっかりは、どうか当たらないでくれと願わざるを得ない。

 が――しかし。

 僕の直感は、またしても正解を引いてしまったようだ。


、あの街に戻っていいはずがないんです」


 震える声で、レヴィは言う。

 その小刻みに顫動する背中から、全てが伝わってきた。

 彼女は、思い出したのだ。

 自分が何者だったのかを。


「知っていたんですよね、イチカさん。私がゾンビだって」

「……」


 事ここに至って、沈黙程雄弁なものはない。

 でもだからと言って、何て声を掛けばいいんだ?

 目の前で今にも泣き崩れそうな少女に対し。

 僕は、何もできない。


「なあ、レヴィ……」

「近づかないでください!」


 急に大声を出し、レヴィは僕を牽制する。

 その振り絞るような悲痛な叫びを聞いて、僕の身体は自然と後ずさった。


「……すみません、大声を出して。でも、ダメなんです。もう私に構わないでください」

「構わないでって……そんなわけにいかないよ。とりあえず落ち着いて話をしよう」

「話? 一体何を話すというんですか?」


 言って、レヴィはこちらに振り返る。

 彼女の蒼い瞳が、まっすぐ僕を射抜いた。


「私は魔物で、ゾンビで、人間の敵なんですよ? 話し合いの余地も歩み寄りの理由もないじゃないですか」

「それは違うよ、レヴィ。確かにお前はゾンビだったけれど、今はもう違うんだ。人間に戻れたんだよ」

「慰めは嬉しいですが、そんなものは詭弁です……いいから、早くどこかに行ってください。私のことは放っておいてください。お願いですから」

「お願いって言われても、お前を見捨てるような真似ができるわけ……」

「私は人を襲ったんですよ‼」


 レヴィの叫びが墓地にこだました。

 それは懺悔か。

 はたまた、己に対する怒りか。

 僕には、わからない。


「ゾンビは人間を食べます……きっと私も、人間を食べてきたはずです」

「……」


 きっと、という言葉からして、ゾンビだった頃の記憶を全て思い出したわけではないのだろう。

 だが、それを救いとは到底表現できない。

 むしろ残酷な仕打ちだ。

 ゾンビになったことは覚えているが、自分が何をしでかしたのかはわからない……彼女は一生、見えない罪悪感と戦い続けることになるのだから。


「例え人間に戻れたとしても、犯した罪は消えません。私は、責任を取らなくちゃいけないんです」

「責任……?」

「はい。ですので、早くここからいなくなってもらえませんか? できれば、お世話になったイチカさんには見られたくないんです……一生のお願いですから」


 レヴィは深く、頭を下げる。

 僕に見られたくない、だって?

 一体彼女は、何をしようとしている?

 どうやって、責任を取ろうとしている?


「私は今から、ここで自殺します」


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