第6話 悪魔皇帝の妻になりました
絢爛豪華な皇帝の謁見室で、私は窮地に立たされていた。
数段高い位置に、ひと際背の高い重厚な造りの椅子が置かれ、長い足を優雅に組んだ悪魔皇帝が私を見下ろしている。その男の凛とした低めの声が響き渡った。
「いいか、よく聞け。この仮面のせいで皇后候補にはことごとく逃げられた。俺に近寄ってくるのは邪念がある者だけらしい。つまり女など信じられないということだ」
「そうね、でもそれは立場的に仕方ないんじゃないかしら?」
だってそんな人しか寄ってこないのは、私のせいではないもの。
「立場的なものは理解している。邪念を持っていたところで俺がうまくコントロールしていれば済む話だ」
「…………そうね」
「だが、そんな女ですら伴侶にできないと後継者問題が出てくる」
確かに、ディカルト帝国の皇帝ともなれば後継者は必須で避けて通れない問題だ。
しかもこの悪魔皇帝は即位する際に一族を皆殺しにしたと聞くから、現状のままだと目の前の男で皇族の血は途絶えることになる。
「俺は皇帝になる時に直系の一族は根絶やしにしたからな。養子を取ることもできない。だが無駄な争いを避けるためにも後継者は必要だ」
「それは、理解できるわ」
周りを黙らせるためにも皇帝の血を引く後継者は必要不可欠だ。
私が作った呪いの仮面のせいで後継者ができないと言ってるけど、そもそも一族を根絶やしにしたからでは……と思ってしまう。
でも悪魔皇帝の眼光が鋭すぎて、心内にそっと秘めておいた。
「それならお前が呪いの仮面の製造者として責任を取れ」
「せ、責任って……まさか命をもって償えなんて言わないわよね?」
恐る恐る聞いてみる。もし首を刎ねるとか牢屋に入れるとか、物騒なことを言われたら死の物狂いで逃げ出さないといけない。腕輪さえ外してしまえばどうにでもなる。……外せればだけど。
「違う。俺には後継者が必要だと言ったろう。だからお前が妻になって俺の子を産んでくれ」
「————————はい?」
すっかり逃げる算段を立てていたので、予想外の話に疑問で返した。目の前にいる悪魔皇帝はなんと言った?
責任取って、妻になって子を産めと言った? 誰が? 誰の?
「よし、了承したな。イリアス、婚姻宣誓書の準備をしろ」
「承知しました。ではこちらに陛下のサインをお願いいたします」
「ああ」
サラサラと迷いなくペンを走らせる悪魔皇帝が、ものの三秒ほどでサインを終える。
イリアスと呼ばれた側近と思われる若い男が、悪魔皇帝から分厚い羊皮紙を受け取り爽やかな笑顔で目の前にやって来た。
「ちょっと待ってよ! 今のは了承じゃなくて、疑問の——」
「どうぞ、サインをお願いいたします」
問答無用で婚姻宣誓書と書かれた羊皮紙を私に押し付けてくる。その笑顔の圧が凄くて、思わず受け取ってしまった。
いくら魔女になってものを言えるようになったからといって、さすがに皇帝やその側近たちを相手にして、この空気に逆らうのは難しい。
手にしてわかったけど、この婚姻宣誓書には魔力が込められている。サインしたらなにかしらの縛りが発生するようだ。これは素直に頷いたらいけない気がする。
「どうした? 魔女は責任を取らないとでもいうのか?」
「そんなことはないけど……だって呪いを解けばいいだけじゃない? それなら今ここで結婚しなくてもいいわよね?」
「それはできない。解呪した後なら解放できるが、あいにく女は信じられないからな。解呪するか子を産むまでは逃げ出せぬよう拘束させてもらう」
痛いところを容赦なく的確についてくるあたりがさすが悪魔皇帝だわ!
「俺の代で終わればまた国が荒れて、民にしわ寄せがいく。だからこちらも引けない」
それを言われると私もなにも言えなくなる。悪魔皇帝と呼ばれている割にはまともな意見だ。
ふと周りに目を向ければ、この部屋にいる五人の重鎮たちも固唾を飲んで見守っていた。
悪魔皇帝はさっさとサインしろとばかりに私を睨みつけているし、目の前の側近はニコニコしたまま無言の圧力をかけ続けている。
魔力封じの腕輪はしっかりと手首にぶら下がっていて外れないし、いつの間にか背後に回ったブレイリー団長が退路を塞いでいる。
そもそもなぜこのような書類がすでに準備されているのか。だってこの側近はノータイムで出してきたのだ。もしかして、もしかすると私はハメられたのでは?
「……私は平民だから、皇后なんて務まらないわ。悪いけどサインできないから」
「ふむ、それについては問題ない。セシル・マックイーン侯爵令嬢。すでにお前の身分はもとに戻してある」
悪魔皇帝はニヤリと黒い笑顔を浮かべた。どうやって調べたのか私がマックイーン侯爵家の令嬢で、勘当されたことも知っていたのだ。
やっぱりそこまで調べていたのね!
ダ、ダメだわ。これは、逃げられない……!!
多分、あの時扉を開けてブレイリー団長を受け入れた時から、こうなると決まっていたのだ。
すべてをわかった上で、最初から解呪させるか妻にする気だったのだ。
「心配するな。お前に愛を求めないが、ちゃんと可愛がってやる」
いやいやいや! 可愛いがらなくていいから、ここから帰してくださいっての!!
ただの魔女に悪魔皇帝の子を産めとか、なにアホなこと言ってんの!? 頭沸いてるんじゃないの!?
どうしてこんなことになったのか、全然、まったく意味わかんないわ——!!
「待って、まずは解呪できるかじっくり試させてよ! なんで子作りと並行なのよ!?」
「ならば一カ月やる。ひと月で解呪できなければ、大人しく俺の子を産むんだな」
はあ!? 一ヶ月ですって!?
そんなの、無理に決まってるでしょ! あのレベルの呪いは下手すれば五年はかかるのよ! これだから自分の基準でものを決める偉そうな男は嫌なのよっ!!
「ひと月は無理! 物によっては年単位でかかるのよ!」
「では一年だ。それ以上はこちらも無理だ」
「……わかったわ」
本当に、本当にイヤイヤ羊皮紙に署名する。するとふたりのサインが書かれた文字が青く光り、私と悪魔皇帝の胸元に吸い込まれて消えた。
あの悪魔皇帝と繋がりができてしまった。
これは離れていても居場所がわかるような魔法契約だ。おまけに呪いのことは口外できないように制限がかけられた。
最近では廃れてしまった方法なのに使ってくるとは、本当に切羽詰まっているのかもしれない。
「ではセシル、よろしく頼む」
「はあ、よろしく」
こうして私の愛のない結婚生活が始まった——はずだった。
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